湯を沸かすほどの熱い愛のネタバレレビュー・内容・結末

湯を沸かすほどの熱い愛2016年製作の映画)

上映日:2016年10月29日

製作国:

上映時間:125分

ジャンル:

4.1

あらすじ

「湯を沸かすほどの熱い愛」に投稿されたネタバレ・内容・結末

杉咲花がいい

双葉が安澄のために心を鬼にしたところはやりすぎじゃない?って思ったけど、でも間違ったことは言ってないなって思った

オダギリジョーはなんか気持ちが戻ったとかじゃなくて、もうすぐ死んじゃうからかわいそうだから的な感じにみえた

ラストはびびった、ホラーだった
絶対泣く!絶対にだ!と言われて観た映画。

生みの母かどうかはどうでもよく、母親という役割の偉大さを再認識されられる映画。

子供にイジメに立ち向かわせたり、急に生みの母に会いに行ったり、
"えっ!"て思う箇所もあるけど、それも全て「母強し」で片付く。

滝本(駿河太郎)の言った、「双葉さんには何でもしてあげたいって思っちゃうんですよね。それは、それ以上にしてもらってるからなんですよね」的な発言が妙に印象に残った。やはり、人間はtakerではなくgiverであるべきなのかと。。。

双葉(宮沢りえ)がgiverで誰に対しても全力の愛情で向き合ったから、双葉の周りに人が集まって、双葉の前ではみんな正直になれるんだろうな。

ラストも秀逸

そして俺は泣かなかった
誰かが
火傷しない程度のぬるま湯って言ってて、
この映画のことか、となるのにだいぶ時間要ったな

ともあれ凄くよき映画でした
最高の終活映画
違和感しか感じない。
なんであずみに自分の人生の選択をさせないで、双葉のタイミングで一方的に「いま乗り越えろ」「いま実の親の存在を飲み込め全て許せ」と強要するのか。
なぜ自分が死ぬと分かった時に娘にその後の人生の糧となる何かを与えようとするんじゃなくて、「彼氏に見せるための下着」を買ってやろうと思うのか。
なぜ大人である父親には「お願いします」と頭を下げてちゃらんぽらんに遊び散らかしてても何も言わないのに、娘には大黒柱になれと言わんばかりに厳しくするのか。
なぜ行きずりの若者を唐突に抱きしめたり特に関係ない少女を優しく世話したりして「良い母親っぷり」を見せつけたり、探偵のネクタイをわざわざ何度も直して「良い女っぷり」を見せつけることが個性みたいに表現されてるのか。
なぜ父親と若者はひたすら「酒飲んでタバコ吸って女遊びして」で、急にやってきたあずみの実母やあずみが台所に立つのか。
父親だって家事ができるのに、双葉はさせない。父親もしない。なぜなのか。
なぜ高校生にもなろうという娘と、小学生の娘と、元妻だったけど今は別のところで暮らして自分の生活がある女と、その全員を捨てた無責任な男が「家族風呂」の様相を呈して、感動っぽく演出されるのか。
全体的に、キモチワルイ。
余韻。なんて言えばいいのか。。
ずっと苦しいんだけど、あったかいというか。久々、嗚咽になるほど泣きました。
緩やかに淡々と流れていくのに、1つ1つに芯があるというか、何なんだろ。
なんか終始ずっと惹き込まれてた。

追記.
ホラーとコメントがあったので調べるとぞっとしました。。ラスト、本当にそうなら悲しい。。
メチャクチャいい映画だった。
こんなに泣きますかね、っていうぐらい泣きましたね。


死ぬ、ということが分かった時、「ああそう」とさらっと受け入れられたらいいな、と思っている。
もしかしたら人生の色んなことを、それ基準で選んでいるのかもしれない。
明日死を宣告されても、「ああそう」と言えるような生き方を、自然と選んでいるのかもしれないなぁ。
そういう自分のことを、別に寂しいなんて思うことはないんだけど。

昔飛び降りようとした時、友人のことが頭に浮かんだ。
やつらに会えなくなるんだなぁ、と思った。
たぶんそれで、僕は飛び降りることが出来なかったんだと思う。

だからきっと、死を宣告されたら、その時もきっと何かが頭に浮かぶだろう。
それが何かは、僕にはよく分からないし、何かが浮かんでしまうことを「嫌だな」と思う気持ちさえある。
けれど、結局なんだかんだ言ったところで、「死ぬのは嫌だな」と思ってしまうんだろう。
そういう自分は、嫌だなぁ。

僕の中で「死」というのは、もう少しさらっとしたものであって欲しいなという気持ちがある。
もっと気軽に普段の会話で出してもいいような、もっと軽々しい話題であって欲しいという気持ちがある。
特別なものだ、と思うからこそ、葬儀をしてお墓を建てて何周忌と言って集まる。それは決して悪いことじゃないんだろう。でももっと違う形だってあるんじゃないかと思いたい。特別なものだ、と思うことで、「死」を遠ざける結果になってはいないか。「死」を特別視することで、日常から「死」を排除出来てしまってはいないか。

僕はこの映画は全編好きだ。でも、一番素晴らしいと思ったのはラストだ。具体的には書かないが、この映画のラストは、まさに「死」を「日常」の中に組み込もうとする行為ではないかと思った。形式の中に「死」を閉じ込めるのではなく、自分たちが「日常」の中で「死」を感じられるようにする。そんな選択を彼らがしたのだと思って、僕は凄くいいなと思った。

僕も、この映画のラストのような選択(誰もが出来る選択ではないのだけど)をしてもらえるような生き方をしよう。なんか、凄くそう思った。

内容に入ろうと思います。
銭湯「幸の湯」は、1年前から休業状態。幸野双葉の夫である一浩が突然失踪したためだ。双葉はパートで生計を立て、持ち前のパワフルさで高校生の安澄を育てている。安澄は学校でいじめられているようだが、双葉は気弱な安澄に闘う勇気を持たせようと奮闘している。
ある日パート先で倒れた双葉は、ステージ4の末期がんであると診断されてしまう。余命は2ヶ月。しかし打ちひしがれてはいられない。双葉には死ぬ前にどうしてもやらなければならないことがある。
双葉は探偵に依頼して、一浩の行方を探してもらった。一浩と、その娘である小学生の鮎子と突然同居することになった安澄は驚く。双葉は、休業状態だった銭湯を再開すると宣言。全員に仕事を手伝ってもらうと言って聞かせた。
安澄の制服の紛失、鮎子の失踪など問題は山積。でも、立ち止まってはいられない。双葉は「ある目的」を持って、安澄と鮎子を連れた旅行に出かけるが…。
というような話です。

いやー、びっくりしました。
メチャクチャいい映画でした。
評判はなんとなく聞いてたけど、ここまでとは思ってなかったので驚きました。
さっきも書きましたけど、もう何回泣いたことか。
別に泣けたらいい映画だ、なんて思ってるわけじゃないんだけど。

正直なところ、内容にはあんまり触れられないんです。たぶん色んなことを知らないまま見た方がいいと思います。幸野家は、父親が失踪したということを除けば至って普通の家族に見える。しかし、実は色々ある。その一つ一つが、「家族ってなんだろうね」という問いかけを突きつけてくるものでした。

血が繋がってるのに家族になれない人もいれば、血が繋がってないのに家族になれる人もいる。その違いは色んなものが関係していて、一概には言えないんだろうけど、この映画の中にその答えの一端があるなぁ、と感じました。

幸野家は面白い。なんだか、双葉と関わる人間はみんな家族になってしまう、そんな印象がある。双葉は、外から見て分かりやすい「何か」があるわけじゃないんだけど、なんだか惹きつけられてしまう。そういう「何か」がある。それは、凄くありきたりな言葉で言ってしまえば「芯」ということになるんだろう。双葉には、「芯」がある。それは、正しいとか間違ってるとか、普通とか常識とかおかしいとか、そういう価値判断を寄せ付けないものだ。双葉の「芯」は、それ自体が基準という感じがする。分かりにくいたとえになるかもしれないけど、「光は直進する」と物理で習う。しかし実際は、「光が通った軌跡を直線と呼ぶ」が正しい。例えば、太陽など質量の大きい天体付近を通る光は、星の重力の影響を受けて「曲がる」。しかし、曲がっているように見えても、光が進んだその軌跡が「直線」と呼ばれるのだ。双葉の「芯」にも近いものを感じる。双葉の「芯」が基準となって、双葉を中心とした狭い世界のあらゆる物事は収まるところに収まっていく。

双葉ががんを患ったことは、一面では不幸なことだ。しかし、双葉のがんのお陰で家族が増えたとも言える。双葉ががんにならなくても幸野家と関わることになった人はいるだろう。しかし、双葉ががんにならなければ、探偵ともバックパッカーとも出会うことはなかっただろう。もちろん、これはフィクションだ。現実はそううまくいかない。いかないのだが、しかし誰かの死が良いことももたらしうる、という希望を抱くことは悪いことではない。そんな発想が広まれば、もっと「死」が身近なものとして語られるようになるかもしれないし。

この物語は全然ミステリではないのだけど、伏線が色んなところにあった。「ん?」と思うような箇所は、何らかの形で後から説明される。伏線という意味で一番グッときたのは、安澄が道で人助けをする場面だ。そのシーンの意味が理解できた時はボロボロ泣きましたね。

役者の演技も素晴らしかった。演技については全然詳しくないけど、特に良かったなと思うのが、二人の娘、安澄と鮎子の演技。安澄は、とにかく表情が良い。特に、哀しいのをこらえるような表情にはギュッとさせられる。これまでずっとこんな風に辛いことをやり過ごしてきたんだろうな、というようなそれまでの人生も透かし見えるような演技で、僕はとても好きだ。

鮎子は、失踪した翌日の朝食のシーンがヤバかった。あれはズルい。ここでもボロ泣きでした。こう言ってはなんだけど、なんとなく全身から「不幸そうなオーラ」を醸し出す子で、立っているだけでどことなく淋しげに見える。鮎子のシーンでもう一つ印象的だったのが、バックパッカーから「あの母親から生まれてきた君たちが羨ましい」と言われた時、顔を背ける場面。やはり、顔を背けるだけの演技なのに、もの凄く淋しげな雰囲気が伝わってきてとても良かった(しかもこの場面には別の意味もあって、それも素晴らしい)。

そして、何よりもラスト。この映画のラストは本当に素晴らしいなぁ。それまでの一連の様々な出来事があったからこそ、このラストを普通のこととして受け入れることが出来る。明白に間違っているんだけど、彼らの世界ではそれが唯一の正解であるように思えてしまうような、このラストを正常に見せるためにそれまでの物語が存在していたような、そんな感想を抱かせるような見事な終わらせ方だったなと感じました。

とにかく素晴らしい映画でした。是非見てほしいと思います。
とにかく宮沢りえ強い、強すぎる🤦‍♀️
自分が子供産んだ時に、
あんなに強い母親になれないと思った…

泣けるシーン多くて、ずっと泣きながら観てたけど
最後のシーンの衝撃がすごくて
一瞬にして涙が引っ込んだ( ꒪Д꒪)
これは、、、、、捉え方が人それぞれだなと🕴

愛を与えればちゃんと愛が返ってくるんだなと。
欲しいものはまず自分から相手にあげないとね、
どうしても最後だけ謎、いいお話だったのに最後でドン引きした
まさしく愛の話

亡くなった母親を思い出して涙が止まらず。

序盤はなんかありがちっぽいと思ってたけど、結局すんごく良かった

弱っていく様子もきちんと描かれていて、その切なさがよく表現されていたと思う。
よすぎた、、、

お母ちゃんの愛に終始涙

手話ができるようになっている意味にも涙

安澄が覚悟を決めた
「もう大丈夫だよ」に涙

全部全部伏線を回収して鳥肌立ちました。

涙涙

最後、燃える炎にタイトルの文字が出てきて
「あーーーー、、、、そういうこと、、、、(;_;)(;_;)(;_;)」ってなった
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