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ハッピーアワーのKKMXのネタバレレビュー・内容・結末

ハッピーアワー(2015年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

 ついに5時間17分を観ましたよ。噂に違わぬ面白さで、内容もハマらしく非常に濃ゆい。本作は、『PASSION』『ドライブ・マイ・カー』と並ぶハマの代表作であることは疑いようがないです。
 しかし、感性と知性をフルスロットルで観たので集中力が続かず、休憩2回とはいえだいぶ消耗しました。そのため、長く観た割にはキャッチできたものが少なかったです。やはり5時間17分は長い。


 アカリ、サクラコ、フミ、ジュンは37歳の女性友人グループです。アカリはバツイチの看護師で、ガッツはあるが押し付けがましい性格。サクラコは専業主婦で「夫は外、妻は内」を主張する夫とエロ盛りの中学男子、サバけた姑と暮らしています。フミは穏やかだが何考えてるのかよくわからない夫と暮らしていて、サクラコとフミは割と受け身なタイプです。ジュンは他の3人を引き合わせた人でおせっかいとのことですが、序盤はあまりパーソナリティが描かれません。
 イベント関係の仕事をしているフミの紹介でアカリたちはワークショップ『重心』に参加します。その後、4人は打ち上げに参加します。そこでワークショップを開催したメフィストフェレスのような怪人・鵜飼によってアカリは自分の不安定さを突きつけられ、ジュンは突如現在離婚調停中であることをカムアウトしました。
 この日以来、4人の関係に微妙なヒビが入ります。その後4人は有馬温泉に旅行に行きますが、その後ジュンが突如失踪する…というストーリー。

 
 本作も『ドライブ・マイ・カー』のコメント欄に書いたハマ・フローチャート通りでした。ハマは同じことを繰り返し描く作家なので、本作も『PASSION 』も『ドライブ〜』も本質的には同じ話です。偽り・上っ面の関係が崩壊し、触媒となる人間関係を通じて己の課題と向かい合い、死と再生のプロセスを経て(抱擁率高し)新しい現実が立ち上がる。本作は向かい合いプロセスがかなりこってりと3人分描かれるため、ラストがせわしない印象ですが(5時間17分なのに)、鮮やかなな着地には感動を禁じ得ませんでした。序盤の雨の神戸と、ラストの晴れやかな空の対比もキャッチーながら見事です。
 そのプロセスを序盤の『重心』のワークでうっすらと象徴的に説明しているあたりも、実に小憎らしい。重心のワークは互いに委ね、触れていき、そしていつもならば意識しない部分に耳を澄ます。これは他者を理解していくプロセスのメタファーですよね。不気味なものの肌に触れることを恐れての上っ面コミュニケーションから、ついに触れることにより、自分の不気味なものと向かい合い、やがてみんなと背中を合わせて立ち上がる。この序盤のワークも非常にハマ的だと思いましたし、本作を貫くテーマでもあるように感じました。


 そして本作最大の個性は、女性の友情物語であることです。人生の選択肢が男性以上に多い女性の、しかも30代後半という中年期の危機とも言える年代の友情物語は、やはり深まらざるを得ないタイミングを掴んでるなぁと感心します。そして、その苦悩のリアリズムは非常に胸にきます。俺は男性なのでなかなかコアなところまではキャッチできないながらも、感じるものはありました。
 看護師としてキャリアを重ねるアカリの突っ張り感の背後にある怯えや不安、フミやサクラコのパートナーとのディスコミュニケーションによるこのままでいいのか的な揺らぎは、近年の作品よりもわかりやすく描かれるため、粗いながらもよりはっきりと伝わりました。そして、ぶつかり合いながらもそれぞれが相互的に逃げない姿勢が彼女たちに新しい現実をもたらし、そして彼女たちと関わる重要な他者にも影響を与えていく様子は、まさにハマの真骨頂だな、と心が震えます。

 一方で、男たちの凡庸なキャラクターは深みに欠け、間抜けで哀れです。しかし、それはコミュニケーションのスキルを持っていない凡庸な男たちの悲しみを描いており、これは本作の裏テーマなのかもしれません。
 死と再生を果たしたサクラコに課題を突きつけられた夫が、「このやり方しか知らない」と愕然として嗚咽する場面からは、こういう人たちの哀れさが伝わってきました。最近は有害な男性性という言葉も聞こえてくるようになり、いろいろと変化していくのかもなぁと感じています。
 また、フミと夫の関係は、まさにリアル死と再生という印象で、ドン底とも言える厳しい状況こそが再生につながるチャンスとも取れ、かなり胸に迫りました。
 この2組のカップル(&『PASSION』のトモヤとカホも含む)からは、例え上っ面な関係であっても、互いに思っているのならば再生のチャンスがあることを示唆しています。ここにハマ映画の真骨頂があるのかな、と感じました。この2組はどこか自分を守り、互いに理解を阻んでいるけども互いを思ってはいる。そのような関係であれば再生が可能であることを、ハマは繰り返し語っているように感じます。


 一方で、破綻するしかないのはジュンとコウヘイのカップルです。ジュンはこの男の邪悪さに気づき、おそらく他の3人よりも一足先に向かい合って自分なりにケリをつけて方向性を決めたと思います。
 コウヘイは本質的にひとりで、他者のいない世界で生きています。コウヘイは本当に他者のことを想像できず、あくまでも自分の思いしかありません。ジュンのことを好きだ、という気持ちは単なる執着で、相手と自分の関係性には1ミリも考えが及びません。第3部の朗読会の感想で、ついに他者視点に気づいたか!と思いきや、その打ち上げではドン引きレベルのストーカーマインドを炸裂させており、無理な人は無理なんだな、と痛感させられました。こういう人を描くのもリアルだと思います。マジでジュンには逃げる以外の選択肢はないのです。
 ハマ映画には妖怪とか怪人の類がよく登場し、本作も後述する鵜飼という物の怪が現れますが、アッチはあくまでも象徴なので、この世で遭遇するモノホンの怪物はコウヘイみたいな輩だと思います。この手の怪物に遭遇したら、三十六計逃げるに如かずです。
 数年前の俺ならば、コウヘイが苦しんでいる孤独さ、執着に振り回される苦しさにも気持ちが向いたのですが、最近はその辺の優しさが無くなってきたので、とりあえずコウヘイがグダグダ言い出すと「チッ」って感じでした。


 4人の上っ面関係を破壊する怪人・鵜飼は、ハマ映画に良く出てくるタイプの妖怪です。『寝ても覚めても』の麦が好例です。また、『ドライブ〜』の高槻も物の怪性が強いキャラです。いわば、彼らは異界からの使者で、嘘を生きている者の仮面を剥ぐ役割です。
 つまり彼らは人ではなく物の怪なので、関わり方によっては破滅が訪れます。ちなみに『寝ても覚めても』の朝子は濁流に流されました。そして恐ろしいことに、朝子を演じた唐田えりかも流されて破滅するという…つまり、現実にまで影響をもたらすほどの魔力を持っています。

 怪人とは何か。とりあえずハマ映画の怪人(以下ハマ怪人)は『時間的な運命+目を逸らしている影+ハマ自身のサディズムの融合体』との結論に至りました。自分の課題が突きつけられる瞬間は、時々刻々と変化する時の中で突如出現します。時と時の裂け目みたいな場面で、逃げていた己の影が現れるのです。例えば、本作で描かれる中年期の危機とか。
 おそらく普通の怪人ならば前者2つで事足りますが、ハマ怪人はどうもネチっこい。これはハマが粘着質なサディストだからでしょう。ハマ、しょうもないヤツですね。
 とりあえず、ハマ怪人は逃げていたものを明らかにする役割を担っています。一方で、怪人が人間化する例もあり、『天国はまだ遠い』のモザイク職人雄三です。人間化すると怪人も葛藤・変容していき、そこで死と再生のプロセスが進んでいくのです。しかし、本作の鵜飼はただの怪人で、しかも妹まで怪人という念の入れよう。


 本作の主人公キャラ・アカリの死と再生はややトリッキーというか、少し粗い印象を受けました。彼女は怪人・鵜飼に惹かれ、クラブに行って鵜飼と結ばれます。しかし、怪人は破壊をもたらすだけなので、そこで再生は果たされません。むしろクラブのシーンはアカリのクライシスだったと思います。ここで鍵になるのは後輩ちゃんです。
 看護師アカリと後輩ちゃんの関係性もなかなか含蓄がありました。アカリはシャキシャキ動くが押し付けクソ女で、後輩ちゃんはドン臭く失敗ばかりする。ただ、互いに真面目で誠実と言う共通点がありました。本質的に失望しておらず、本当は互いに思い遣りたい関係性なので、フミ夫婦・サクラコ夫婦に近いタイプかと思います。
 アカリは怪人・鵜飼により異界に入りますが、翌朝出勤しました。ここで踏み留まって現世に戻れたのはアカリのパワーがあったからこそかもしれません。そこでアカリは後輩ちゃんに抱擁され、ついに再生を果たせたと言えるでしょう。しかし、後輩ちゃんの抱擁はかなり急で、やや説得力に欠けると感じました。とはいえ、アカリは4人の中で唯一死の淵から戻って来れた人とも言えそうです。


 本編で最も印象深いのは、ジュンの旅立ちシーンです。ジュンは4人の中でも異質な存在です。運悪く4人とは同じタイミングでの成長を果たせず、パートナーとの関係は永遠にすれ違うため、こちらの再生は絶対にあり得ません。もはやみんなと一緒に過ごすことが不可能なジュンは身重の身でひとり旅立ちます。
 フェリー乗り場でサクラコの息子と遭遇するシーンは実に白眉でした!互いにパートナーを喪失したもの同士、そして子どもについての対比もあり、なんとも繋がりを感じさせます。この時の2人の寂しげながらも爽やかな表情は忘れがたく、そしてフェリーで旅立つシーンは、ジムジャーの『パーマネント・バケーション』のラストに通じる祝福感がありました。あそこでBGMがオーバー・ザ・レインボーだったらパクりと糾弾されるレベルですね!いや〜、素晴らしい、めっちゃ感動しました!


 なにせ5時間17分もある作品なので、とても咀嚼しきれませんでした。なので、4000字程度の短めな感想文と相成りました(『ドライブ〜』はコメント入れると6000字程度)。もっと集中力が続けば、もう3倍くらいイケたんですけどねぇ。
 とりあえず『親密さ』はしばらく観ません。いつかは観ますがね。やっぱり疲れるので、またの機会に。

 ちなみにハマもチラッと出演。相変わらず性格悪そうなツラだ!
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