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ハッピーアワーのtetsuのレビュー・感想・評価

ハッピーアワー(2015年製作の映画)
5.0
いつの間にか🎉800レビュー🎊になっていたので、マイベストムービーの1つである本作を投稿。

数年前、受験生だった頃の僕は気分転換に夜の公園をランニングしていた。
僕が走るコースはいつも決まっている。
自分の近所の公園でウォーミングアップを兼ねて約3周、そのあと海を隔てた街へと橋を渡って、そこの公園で約5周、最後に橋を戻って約3周。
その日も、いつも通りのコースでランニングをしていたけれど、街の公園から帰る道すがら、何らかの撮影現場に遭遇した。
特に人が集まっている様子ではなく、偶然、居合わせたおばあさんと「何の撮影でしょうね~??」と話したけれど、結局、タイトルは分からずじまいのまま、時は流れた。

あれから数年、大学生になった僕は、京都の映画館で本作を観ていた。

5時間17分、3部構成の長尺映画。
しかし、アラフォー女性4人の会話は、全く退屈せず、次々と写し出される地元のありふれた光景から、まるで知り合いの様子を垣間見るように、作品にのめり込んでいた。

そして、1部の終盤に差し掛かる頃、登場人物の二人が、見覚えのある橋で話をし始めた。
その時、ふと、あの記憶がよみがえる。
ランニングをした帰り、夜の映画撮影。

「これ。あの映画だ...。」

まるで、本当に実在しているような登場人物たち。
でも、確かに、彼女たちは、僕の人生の中に存在していた...。

この経験を踏まえて、僕はこの作品が自分と無関係の映画には見えなくなってしまった。

これまでも地元を舞台にした映画は、
たくさん見てきたけれど、本作は違った。

日常と非日常の境界線。
それさえも薄れていくような感覚を味わったのは、後にも先にも、この作品だけである。

結局、それから1ヶ月も経たないうちに、僕は再び本作を観ることになる。
ロケ地となった場所で上映イベントがあったからだ。

まさか、1つの映画に1ヶ月の間で10時間34分も費やすことになるとは思っていなかったけれど、上映後のキャストと監督のトークを楽しみにイベントに参加した。

イベントの最後の質疑応答で、思いきって監督に質問をしてみた。

「監督は映画という『虚構』と『現実』の違いをどのように考えていますか?」

すると、以下のような回答が返ってきた。

「僕たち、作り手はお金がないため、現実は変えられない。
けれど、単に現実を撮っていても面白くない。
だからこそ、現実の中から全く違う現実がでてきてほしいと思って、映画を作っている。
我々が生きている現実にこそ、フィクションがあるのではないか、そんな感覚があって、それを導いて、カメラに収めたい気持ちがあった。」

その回答を聞いて、僕自身も映画を作ろうと思った。

人生の転機になり得る映画、僕にとっては、そんな大切な映画になった。

参考
「PORTO」で観る、語り合う「ハッピーアワー」(濱口竜介監督『ハッピーアワー』上映会+トーク) | SCHEDULE | KIITO
http://kiito.jp/schedule/event/articles/30501/
(2度目の鑑賞イベントの詳細。)

やがて来る〈危機〉の後のドラマ――濱口竜介論 – ecrit-o
http://ecrito.fever.jp/20180907230611

(非)日常。
https://youtu.be/LwP9BTXlS74
(濱口監督のコメントに影響を受けて、当時作った短編。)

『ハッピーアワー』 濱口竜介監督インタビュー | インタビュー|神戸映画資料館
https://kobe-eiga.net/webspecial/cinemakinema/2015/12/539/ 
(2021/8/13追記。ずっしり感を抱く見事なインタビュー。)

参考図書
『カメラの前で演じること』
著者:濱口竜介、野原位、高橋知由
(作品のサブテキストを収録した本。シナリオや登場人物の裏設定などが書かれている。)

『『ハッピーアワー』論』
著者:三浦哲哉
(大学准教授がハッピーアワーを研究した本。)
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