オレンチ

パッセンジャーのオレンチのネタバレレビュー・内容・結末

パッセンジャー(2016年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

『この映画を見た人たちには徹底的に討論してほしい。』
──モルテン・ティルドゥム。


2D字幕を2回、Blu-rayに収録されている各メイキングを鑑賞しました。
3D版は手元に無く未鑑賞ですが是非3Dでも観てみたい作品でした。


内容の前に触れて起きたいのですが、UHDにて鑑賞したんですが、非常にUHD向けの映画でした。特にHDR効果が絶大です。
特筆すると、広大な宇宙にポツンと浮かぶアヴァロン号のシーン。
本作はこういうシーンが沢山ありますが、アヴァロン号の黒と宇宙の黒、同じ黒でもコントラストがハッキリしていてとにかく素晴らしいです。
さらにアヴァロン号内部のシーンでは、近未来を思わせる白いライトが多くの箇所で使用されていますが、ここにはHDRの効果が絶大で、変に白飛びせず、黒と白の部分がハッキリと分かれてまた素晴らしかったです。


さて冒頭の監督のセリフ、メイキングが拾わせていただいていますが、思惑通り賛否が非常に分かれる作品なんじゃないかなと思います。

ちなみに僕は賛側。
根っこの部分から言うと、単純にアヴァロン号が好きなんですよね。
正しく宇宙に浮かぶ豪華客船ですよね。
グランドコンコースとかメッチャワクワクするじゃないっすか。しかもただのショッピングモールをイメージしただけじゃ無く、通りは完全に野外を意識してますよね。宇宙船の中に噴水とか初めてじゃないかな?w
ナイトタイムっちゅう細かい設定もいいっすね。
またプールもいいっすね。
どっかの億ションの屋上にあるような高級感。宇宙を進むアヴァロン号の高級感をアプローチするには完璧の配置・設計ですよね。
さらに、スイートルーム。
ニューヨークのモダンな高級ホテルをイメージして作ったらしいのですが、あの部屋、何日か限定で公開されたらそれなりの値段でも泊まりたいでしょ。
ただ、単にどこもかしくも"高級感"というわけではなく、クルーが活動する場所、倉庫や操舵室のような作業場はまた全く別のデザインで完全に差別化できてるんですよね。
でもやっぱりノストロモ号のような如何にも作業船、という感じではなく、しっかりとエリート感を出しているあたり素晴らしいです。
アヴァロン号の内装についてはメイキングで結構触れられているのですが、とにかく細部までこだわって作られているんですよね。
医療室の壁にある棚なんか本当に全部の扉・引出しが実際に使えるようにできていて、しかも中には医療器具っぽいものまで入ってました。
こういう映画は絶対にロケができない分、どれだけセットの細部までこだわるかでいつまでも古くならない映画作りにつながるんじゃないかなと思います。

ちなみにインテリアデザインもアヴァロン号の中では異質なアーサーのバー。
あそこはキューブリックリスペクトでシャイニングをイメージして作られているようです。


で、監督が討論して欲しいという内容の部分に入っていこうと思うんですが、

まず映画の序盤。
クリス・プラット演じるジム・プレストンが目覚めてから徐々に事の事態に気付く下り。
ここめちゃくちゃ恐怖ですよね。
何を試してもダメで、待ってるのはおそらく世界一不自由する事がないはずのハイテクの中で孤独死ですから。
で、見ていくうちに割と身近なというか、あり得ないほど未来なテクノロジーが起こす事態でもないなと感じました。

近年、モノとインターネットを繋ぐloTとか、
AIの技術であるディープラーニングなんかがIT系の世界ではかなり注目されています。
Google HOMEとかまさにその最先端を行ってるんじゃないでしょうか?
個人の家庭にはまだまだ現実的じゃないにしろ、ホテルみたいな施設に似たようなテクノロジーが導入されるのもそう遠くない気がします。(実際日本には既にロボットホテルがありますしね。)

ここで感じる恐怖の根源って人間とコンピュータとの意思の疎通に限界がある事ですよね。
アーサーのバーでジムが毎回新しいカクテルを頼むっていシーンが未公開シーンにあるのですが、ある日アーサーは
『もう新しいカクテルは作れません』
って言うんですよ。
『なぜ?』
と尋ねると、
『プログラムされている1000個以上(正確な数字は忘れた)のカクテルはもう作ってしまったから』
と言うんです。
つまり物凄く人間に近いAIをもったロボットでも、プログラムされた事以上のことはやろうとしないんです。
アヴァロン号における全てのAIが同じようで、コールドスリープが事故を起こすことはプログラムされていないから対処のしようがないんですよね。
物を考えれる人間が一人でもいたなら事態は変わっていたかもしれません。そう思うといい具合に恐怖を煽ります。
宇宙で小惑星群に遭遇することがいかにあり得ないこと(『2001年宇宙の旅』小説版でもいかにあり得ないか触れられています)でも不測の事態というのは起こるものですしね。

そして中盤。
ジムはとうとう許されざる行為を犯してしまいます。
この許されざる行為こそ、本作が問いかける問題提起であり、賛否が最も別れるポイントでしょう。
問いかけられているのはこういうことですよね。

《ジムの犯した行為は許せるか否か》

さらにもう一つ、

《自分がジムと同じ状況におかれたとき、どうするか》

これこそ本作の核となる部分だと僕は思いますし、十人十色であり、明確な答えは無いと思います。
僕の思う考えはレビューの最後に書くとして、この問題について決して作り手は軽々しく扱ってないということだけ先に伝えておきたいです。
メイキングの中でもスタッフやキャストがしきりに『許されない行為だ』と言っていたし、物語の中でもしきりに『許されない』『殺人だ』として扱われます。
極め付けが、真実が伝わってしまった瞬間ですよね。
あの瞬間のジェニファー・ローレンスが凄かったですね。
出来ることなら墓場までもっていきたい秘密が、絶対にバレたくない本人に目の前でバレてしまったようなあの感じ。
最高に怖いですよね。そしてやはり許されない行為をしたんだと再度叩きつけられます。

そして物語は後半へ。
ある程度露骨には示唆されていましたが、物語はここで急変し、一気にエンターテイメントになってしまいます。
ただココだけ切り取ってみると、悪くないというよりなかなか良かったと感じました。
何が良かったかというと、重力ロスが起こすアクシデントの数々が視覚的にとにかく斬新でした。
無重力プールなんかはとんでもないハプニングなのになんだか神秘的にも見えたし、
グランドコンコースを走ってる時に一瞬重力ロスが起こり、浮いて落ちるまでのワンカットなんかも新しかったです。
ちなみにジムが寝ている時に起こる重力ロスのシーン。
あれ実際にクリス・プラットが宙に浮いていて、胴だけを固定されている状態で撮影されています。
完全に浮いているように見えますが、かなりの筋力を要求されるスタントだったんですね!さすがムキムキ・プラット!
他にも結構いろんなシーンが実際にスタントで撮影されているため、見え方的にも自然な印象を受けました。
ただし、後半のクライマックスで結局は自己犠牲を許されざる行為の贖罪として扱われてしまい、個人的には興ざめでした。
この部分だけは完全に蛇足で、この部分の所為で
『ジムは自己犠牲によって許された。』
と、誰もに見えてしまいます。そんな単純なノリみたいな行為で消化していい問題ではないのに。
ドゥニ監督の『メッセージ』のように問いかけて終わればもっと深みがある映画になったかもしれませんね。


長々と書いてきましたが、僕の考える本作の問題提議について。
まずジムのした行為が許せるか否か。
これは当然、人として・モラル的には断じて許されないと思いますし、簡単に肯定できないことだと思います。

でも僕がジムと同じ状況に直面したら─。

僕も眠れる森の美女・オーロラを起こしてしまうと思うんですよね。
というか大半の人が同じ行動をとるか、自殺するかなんじゃないかなって思います。
劇中、
『溺れる者は藁をも掴む』
というセリフが出てきますが、あれがかなり真理を突いてると思うんですよね。
実際海で溺れたことも、溺れた人を助けたこともありますが、パニックになるとほんと何でも掴むんですよね。本能的に生きたいっていう気持ちから。
結果的に助けに行った人も一緒に溺れてしまって……。
みたいな話はよく聞きます。
なにが言いたいかというと、人間は窮地に追い込まれるとモラルを考えて行動できないってことです。
溺れるてパニックなった例えでいうと100%の人がそうなると断言できます。
ジムの孤独な1年は長いです。しかもその先死ぬまで孤独が続くとわかっている状況です。
映画では前半にギュッと凝縮されていてジムが猟奇的にも見えますが、人の理性を狂わすには十分な時間と状況だと考えます。
状況を変えれる手段は二つ。
自殺か、許されざる行為か。
この二つを天秤にかけた時、どっちが簡単で自分にとって幸せか考えたら明白ですよね。
あくまでも"自分にとって"な選択なので、決して全面的に肯定できることではありませんが。
まとめると人として確かに許されない行為ではあるが、人であるがゆえに全面的に否定もできないんじゃないかなと思います。


逆に自分が起こされてしまった場合は許せるか。
これは今の自分の環境から直感的に考えると絶対に許せません。
ただし起こされた側の環境と、いつ知るかによって変わってくると思うんです。(ただし、ジムの行為が全面的に否定できないということが大前提ですが。)

本作のラストみたいな"ジムの自己犠牲"、あれは単なるきっかけに過ぎなくて、あれが無くてもオーロラはいずれ許したんじゃないかなと思えてしまいます。
そもそもアヴァロン号に乗った時点で、自分を知る全ての人との関係を絶っていますし(映画の序盤でも触れられています)、なにより真実を知る前にジムと過ごした間に感じた幸せは嘘偽りなく、地球で過ごしたどの時間よりも幸せを感じているとオーロラは語っていました。
許してほしい。という願望のこもった男性的意見なのかもしれませんが。

ただ、もし僕の娘が20歳になった時、実は実の娘じゃないと知ってしまったら愛情は一切消えてしまうか?
答えは断じてNOです。



ちなみ一時はキアヌ・リーヴスとシャーリーズ・セロンで映画化の予定もあったみたいですね。
これキアヌだったらもっと否な意見の人が多かったでしょうねw
クリス・プラットのひょうきん感がかなり許されざる行為を中和してると思いますw
(メイキングの中でもクリスのおかげで暗くなり過ぎないと触れられていましたw)


一つ野暮なことを突っ込むとすると、
オーロラは往復切符で乗っていたんですよね?
ホームステッドⅡに着いて1年後に帰るつもりだったらしいけど、どうやってコールドスリープに入る予定だったのでしょうか。