真田ピロシキ

タンジェリンの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

タンジェリン(2015年製作の映画)
5.0
都合が合わずに『フロリダ・プロジェクト』が見られなくてガッカリした心の埋め合わせにショーン・ベイカー監督の前作を鑑賞。これは面白い。インディーズ映画の醍醐味が詰まっている。

全編をiPhone5sで撮影したことが話題でそれは言うまでもなく凄いが、そんな前情報に囚われるとかえって良くない。最初の内は通常の映画に比べて何をやっていないのかを探していた。ズームしなかったりやや不鮮明な所があって、そこを大胆に強調した日光や主張の強い音楽に多めのカットで補っている。しかしそのことを気にしすぎていて序盤の話をあまり追っていなかったのは大きな手落ち。途中で復習のために最初のチャプターに一旦戻ってしまった。映画館で見てたら台無しだっただろうなあ。切り絵の展覧会で聞いた「どうやって描いたのかという技術にばかり注目して欲しくない」という言葉を思い出した。撮影がスマホだろうと8ミリだろうとそれ自体が偉くもダメなわけでもない。本作を何の予備知識もなく観た人は幸運だ。

トランスジェンダーカップルの浮気騒動を軸に繰り広げられるクリスマスイヴの物語。当人達には大事であっても、そのこと自体が社会を揺るがすような話ではない。それでも先に言った音楽やカット割りのテンポがリズムを刻んで引き込み自然と物語も入り込んでくる。ポップに描いていても、主人公らが陥っている状況は修羅場そのもの。セクシャルマイノリティーで場末の売春婦である彼女達にはクリスマスも奇跡の日とはならない。華やかに見えるライブショーも水面下では厳しい現実があって、その上に明かされる浮気騒動の更に裏の真実。綺麗事だけでは片付けられない人間模様。

主人公ら以外でも1日に10人客を取っている曰く「ワレメのある」浮気相手が行き場にあぶれるこれまた残酷なクリスマスイヴ。また馴染みのタクシードライバーがゲイでありながら娘持ち(自覚したのは比較的最近のように見える)で、義母に後をつけられ追求されるも妻は見て見ぬ振りをしていた節がある。それを家族愛だと綺麗に消化できるなら良いのだけれど、恐らくは苦労した移民なのもあり稼ぎ手を失いたくなかったのだろう。主人公が小さい娘に対して「10年後に来な」と吐き捨てるのがこの家族が陥る貧困の連鎖を暗示していて同性愛差別を提示するに止まらない。この運ちゃんを主人公にしても一本の映画が撮れる。

どうしようもない汚さを描いていながらも同時に世界は輝いている。運ちゃんと洗車中に車内でコトをいたしているシーンが何とも幻想的でねえ。ラストシーンも染みる。目に見える光がなくても寄り添って明日に向かうしかない。クソな現実社会に対する強さと優しさを映し出す本作の姿勢には胸を熱くせずにいられない。