えんさん

ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気のえんさんのレビュー・感想・評価

5.0
ニュージャージー州オーシャン郡で、警官として20年以上のキャリアを重ねてきた女性警官のローレル。数々の栄誉にも輝く警官の見本でもあったが、私生活ではパートナーに恵まれず寂しい日々を送っていた。そんな最中、ゲイ同士のバレーボール大会でステイシーと知り合う。デートを重ね、ステイシーと深い仲になったとき、その幸せをかき消すようにローレルに末期ガンがあることが発覚する。警官であるが故に、同性のパートナーであることを隠してきたローレルだったが、最愛のステイシーが遺族年金を受け取れるように手続きを開始する。しかし、オーシャン郡は同性同士の受取りに拒否を示すのだった。平等を求めるローレルの訴えは、やがて全米を動かしていく。第80回アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞受賞作「フリーヘルド」を劇映画化。「フィラデルフィア」のロン・ナイスワーナーが実話を基に脚本化、「キミに逢えたら!」のピーター・ソレットが監督を手がけています。

映画感想文でも何度も触れている同性同士のパートナーシップ制度に関しては、欧米を中心に、ここ10年の動きが非常に活発になっています。全米の動きという意味では、映画「ジェンダー・マリアージュ」に描かれていたように、同性同士の婚姻を妨げる法律が違憲と判断されたことで、実質的にアメリカ全土でも同性婚が認められたことになります。愛する2人であれば、社会的認知という意味においても同性婚を進めてもいいと思うのが僕の立場ですが、ちょっと見方を変えると、この問題は逆性差別にもなるんじゃないかと思っています。他のマイノリティ政策だと、例えば、障害者だったら、障害を持つ人でも社会で生きることができるようにノーマリゼーションを進めたりする。同じアナロジーで、これが婚姻という制度において、男女の性差ということだけに着目すると、子どもを産むという女性を支えるために扶養制度とかがあったのかもしれません。でも他方、均等雇用なども進み、能力がある女性のほうが地位も、収入も多いなんてザラにあり、文化としても、主夫という形も当たり前のように認識されるようになってきた。宗教としても、同性同士の婚姻をそれぞれ認識するようになってきて、男女の性差のみに着目する社会的な違いはない方向に進んでいる。無論、セクシャリティな意味での嫌悪とかもあるかもしれませんが、それは個人の問題であり、社会的な意味合いで同性婚を否定するような要素はなくなってきたように思えるのです。古く中世から、身分の違い、ウーマン・リブなどの性差別問題、障害者における差別等々、、いろんなところに湧き上がってきた自由・平等の戦いの最終点が、同性婚問題だったりするのかなと思うのです。

ということで、本作で描かれるのは同性婚そのものの問題はなく、同性同士のパートナーが受け取れない遺族年金についての問題。同性同士のパートナーが抱える問題というのはいくつかあるのですが、その大きな問題の1つがこのような遺産に関する問題。同性同士が家族であるという認知がされないため、普通なら当たり前のようにある相続や年金などの受取もできず、遠く関わりのない血の繋がった家族に流れてしまったりすることはよく聞いたりします。本作の場合でも、ローレルが死んでしまった場合、2人で愛を育んだ我が家を手放さければならない。本来は、働いてきた者に報いるための年金であるはずが、法制度の前に屈してしまうのを、ローレル、ステイシーの2人は自らの幸せを掴むために戦いに挑んでいくのです。

本作の舞台がいつの時代設定かが分からないのですが、元ネタとなった短編ドキュメンタリーの製作が2007年というところから、主に10年以上前ということを想定すると、カリフォルニア州等で同性パートナーシップが認められるよりも前のお話になってきます。オーシャン郡での小さな出来事とはいえ、真面目に働いてきた者の積み上げてきたものを否定されるような郡の判断に、観ているコチラも”なぜだ!”と声を上げてしまうほどのめり込んでみてしまいます。それだけ、ローレル演じるジュリアン・ムーアと、ステイシー演じるエレン・ペイジのしっとりと積み上げていく日常のドラマが素晴らしいのです。特に、エレン・ペイジは自身も2014年に同性愛者であることを公表しており、ムーアとともに、ローレル&ステイシーのドラマのリサーチも完璧にやっているのでしょう。彼女ら2人のドラマと、エンドクレジットで現れる実際の本人たちの写真を観ても、違和感がまるで感じられないほどの説得力なのです。これは凄い。

それに彼女たちの周りのキャラクターも実にいい。特に、ローレルの仕事のパートナーの刑事を演じたマイケル・シャノンが特筆モノ。彼は、「ドリームホーム 99%を操る男たち」で着目しましたが、本作でも素晴らしい男っぷりを魅せてくれます。決して、大きなドラマが展開するわけではない小品ではありますが、見逃すのは惜しい傑作だと思います。