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永い言い訳のnagaoKAshunPEiのレビュー・感想・評価

永い言い訳(2016年製作の映画)
4.5
「悪いけど 後片付けはお願いね」
そう言い残して、夏子(深津絵里)は帰らぬ人となってしまった。
この映画は、感情の〈後片付け〉の映画だ。正直、映画を観て数日経った今でも、感情の整理ができないほど、この映画の余韻を引き摺っている。
 
物語の主人公、衣笠幸夫(本木雅弘)は、津村啓名義で物書きをしている落ち目の作家だ。妻の夏子との夫婦仲はすでに冷めきっていて、不慮のバス事故で夏子を亡くしたその日も、幸夫は若い女性(黒木華)との不倫に高じていた。そんなある日、夏子の親友であり、夏子と共にバス事故で亡くなった、ゆき(堀内敬子)の夫・陽一(竹原ピストル)とその子供たちとの出会いをきっかけに、幸夫の人生の清算の日々が始まる。

夏子の放つ「後片付け」とは、美容師の夏子がバス旅行に出かける寸前まで幸夫の髪の毛を散髪していて、その不始末に(夏子が自らの〈死〉を予期していないことを前提に)向けられたものである。しかし、映画を観終わって、全体を俯瞰して見ると、その言葉の意味が単なる散髪道具や床に散らばった髪の毛などの物質的なものに向けられた言葉ではなく、長年の夫婦間のわだかまりや、幸夫の作家としての仕事に対する怠慢など、精神的な面での身辺の〈後片付け〉に向けられた言葉のように思える。こうした言葉ひとつ取っても、物語を読み解く上での重要な契機を示しているのと同時に、文筆家としても活躍する西川監督の手腕が窺える。また、巧みな台詞回しもさることながら、まだ年端もいかない子役たちから母を失った喪失感を引き出すのと同時に、子供ながらに自律しようと懸命な姿を切り取る姿勢や、事故の日から止まってしまった時間を伸びていく髪の毛で表現し、ビジュアルで見せる映画監督としての演出も光っている。

ただ、あまりに鋭利な観察眼からか、「子育ては男の免罪符」という台詞など、女性ならではの視点には、男の身からしてみると若干居心地の悪さも感じてしまう。しかし、僕自身、妻はおろか子育てもしたことがないため、この先、そのような機会に恵まれるのであれば、今作で示されたメッセージも汲み取れよう。この映画の〈後片づけ〉は、まだ始まったばかりである。
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