永い言い訳の作品情報・感想・評価

永い言い訳2016年製作の映画)

上映日:2016年10月14日

製作国:

上映時間:124分

ジャンル:

3.9

あらすじ

「永い言い訳」に投稿された感想・評価

天狗

天狗の感想・評価

2.7
自分は本木かピストルかと問われれば間髪入れず本木です。すみません。

観賞後、変な自己反省しか沸き起こりませんでした。いや、反省ではないな。開き直りかも❗

あれは科学の先生に嫉妬したんか?
thur

thurの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

妻が死んだのに泣かなかった。愛していなかったわけではない。妻への負い目が、素直に彼を哀しみへ向かわせることを妨げていたのだ。
彼の不幸は、彼が物書きであることだった。言葉を使うのが上手い人は、自分が思ってもみない感情を言葉で演ずることができる。それらしい表現と言葉遣いで、彼らは人間を演ずる。それに騙された周囲は、彼らが心底にそう思っていると錯覚するのだ。死んでしまった愛する人への哀しみを訴えるその人は、きっと本当に哀しんでいるに違いないと。しかし彼は言葉が上手いのだ。言葉が上手く、演ずるのが上手い。それは彼の不幸だった。哀しみを口にしながら、内側にはちっとも哀しみがない。言葉ばかりが先へと走っていき、感情が後ろに置き去りにされる。自分の感情の、本当の所在が彼には解らない。それでいて彼が幸福だったのは、彼が物書きであることだった。自分の哀しみの在り処を知ったとき、彼は漸く、等身大の言葉を口にする。自分の言葉を自分のものとして、思うがままをありのままに言葉として昇華させる。それは自分が抱く哀しみを言葉に託すことで自分自身と切り離し、克服するための手段のひとつでもあるのだ。物書きであり言葉を使うのが上手い人は、それを作品として作り上げられる。言葉を整え、形にし、残す。それは読んだ人々の心の中に留まる。自分自身の哀しみから抜け出せない彼らの哀しみを代弁することで、彼らの魂は救われる。あらゆる文学は救済なのだ。ぼくはそう思う。

「自分の幸せの尺度で測らないでくれ」という言葉は切実に響く。葬式で泣いていないからといってその人が哀しんでいないとは言えないし、夫婦の間に子供が居ないからといって彼らが幸せでないとは言えない。人それぞれの哀しみの速度や幸せの在りようがある。自分の尺度で勝手に他人を測るのは失礼だ。

妻の親友であり共に事故死した女性の夫(陽一)の子供達を支えようと主人公が思ったのは、ひとつに子供への憐憫があったからだ。中学受験を諦めきれずにいる健気さに彼は動かされた。それでいて、子供が欲しいと思っていなかったのもきっと真実だ。けれど、子供達と陽一と鏑木先生のまるで「家族」を体現した四人の姿に、彼は居場所を失った。そして「愛していい人を蔑ろにした」事実はより強く胸に迫ってきただろう。そもそも、妻の死を受け入れられずに泣いてばかりいる陽一の姿が、「愛していい人を蔑ろにした」自分とは対極にあったのだ。きっと陽一の傍に居て彼は、妻への負い目をずっと感じていたのではないかと思う。酷く苦しかったろうに。編集者の岸本が「このままだと先生、ずっと辛いままですよ」といったことを話していたけれど、それは負い目を感じながら、負い目から逃げ続けることにあったのではないかと思う。

岸本の「子育ては罪滅ぼし」(意訳)という言葉もなかなか的を射ている。主人公の場合は、子供を育てる疑似体験をしているというより、「愛していい人の大切な人たちを大切にする」という形で、「愛していい人を蔑ろにした」罪を滅ぼしていたのかもしれない。
「ゆれる」以来の西川作品 鑑賞

人間の心だから強くて弱い
永い言い訳
noa

noaの感想・評価

5.0
"妻が死んだ。これっぽっちも泣けなかった。そこから愛しはじめた。"
"もう愛してない。ひとかけらも。"

邦画の中で1番好きかもしれない映画
1回目見た時が高1?ぐらいで、
なんかいいなあって思いながらも
よく分からなくて退屈に感じてたけど
今回見て退屈さは感じなかった。

一つ一つのセリフが自分にハマるものが多い。原作も良くて映画よりも好きかも。

この映画を好きっていう人のこときっと
私は好きだなーと思いました。
言葉にできないけどすごく自分にささって
沁みる映画 だれかと共感したいけどしたくない(笑)
NaotoKudo

NaotoKudoの感想・評価

3.9
なんかすごい恥ずかしいやつ
煙

煙の感想・評価

-
西川さんの映画、地味に「ゆれる」しか見た事なくて、体力使いそうというか思って遠ざかってたんだけど。
体力使いそうって言うかその映画に全神経注ぎたい感じ?自分は映画見る時割とBGM要素としてみるというかかだいやったり絵かくBGMで見てたりするんで…映画は映画館で見たいんだよね……。
実際BGM感覚で見てて最終的に全神経を映画に持ってがれたけど。
西川さんの映像の質感がとてもすき〜!西川さんのかく話ってシニカルな優しさがあるというか、皮肉っぽいけど決して人間を嘲笑ってる感じはしないというか。人が1番人っぽい感じがする。是枝さんの監督助手だった時代があるのに是枝さんとは全く違う。当たり前だけど!
なんかわからないんだけどこれ見てる途中で「SNSやめよう!」と思いTwitterとインスタを消した。全くよくわからない。今長い長い春休みで、なんか己を見つめ直したくなったんかね?よくわからん。
ちゃんと自分の思ったことを文章にできるようになりたい。
YoTsuda

YoTsudaの感想・評価

3.1
ようしょようしょ、良いシーンがあって楽しかったです。
まぁ

まぁの感想・評価

5.0

このレビューはネタバレを含みます

Amazonプライムビデオにて。
超絶ちっちぇーークズ男なんですよ。モックンが。ちょっとばかし顔が良くて小説家なだけで、中身は偏屈でうじうじ妻に当たって、妻が旅行に出たらすぐに浮気相手家に呼び込む。バス事故で妻が亡くなり、葬儀が終わり、家に帰ってまずやることがエゴサーチっていうね。ひどい。
モックンがこんなにクソ男をこんなにもリアルに体現してるだなんて・・・!というのが序盤の感想だってくらいのクズっぷり。
で、妻の友人家族と触れ合っていくのも、苦手な子どもたちと一生懸命生活していくのも、別に妻のためでも子どもたちのためでも小説のネタのためでもない、最初はただの承認欲求なんですよね。エゴサといっしょ。
最初の動機はそうであれ、小説のネタとしていくことになったとしても、トラック運転手で不在が多い父親よりも子どもたちの気持ちがよく理解できるくらい親密になっていく。ポスターやトレーラーに使われている海でのシーンでは、海水浴を無邪気に楽しむ子どもたち、亡き妻たちもここにいたらなぁ、とか言いながらゆったりと過ごす男二人。
ここでようやくモックンは一歩前進し、小説を書くことを決めるんだけど、ストーリーがここで終わるはずもなく。。。
妻が自分をぜんぜん愛していなかったことを知る。ブチ切れる。(おまえ自分がやってきたこと考えろよ・・・)亡くなった妻にずっと未練タラタラだった陽一がとある女性と出会い、大宮家にはもう行かなくなってしまう。せっかく他人に必要とされていたのに、社会復帰もするところだったのに。満たされていた承認欲求がガラガラと崩れ落ちてしまう。
(大宮家の子どもたちもクリスマスなのにかわいそうなんだよねぇ・・・あの女とクリスマス祝ってるんじゃなかったんだよね。家もぐちゃぐちゃになってきて。お兄ちゃんへの負担がものすごいことになってて。あの女とうまくいかなかったのかな?と思ってたらその後妹ちゃんを預けてるし、このへんよくわかんなかったな)
結末、まぁもうひとつ出来事があって、最後ようやくようやく、ちょっとだけ前向きになってお話は終わるわけだけれど、最後の見どころが電車でのお兄ちゃんとのシーン。
(ここのお兄ちゃんがほんとにいい顔なんだよね・・・!)
「自分を大事に思ってくれる人をかんたんに手放しちゃいけない。みくびったり、陥れたりしちゃいけない。」ようやく気づいたんだよね、ちっちぇーークズ男がそのことに。。。よかったよかった。。。

大人サイドとしてはなかなかしんどいお話だけれど、救いとなる部分はやはり子どもたちにあって。こんなクズ男な幸夫でも、しんちゃんあーちゃん兄妹にとっては、きっと今後の人生をふまえても、本当に、感謝してもしきれない、いてくれてありがとうって存在なんだよね。どんな心情であれ、幸夫が子どもたちに一生懸命してあげたことは、子どもたちにとっては真実として残るから。

最後にあーちゃん(おしゃれしててかわいかったなぁ)から受け取ったのは、自分だけがいない家族写真。自分がそこにいなかった過去はかわらないという証拠。それをしっかりと受け止めてこれから生きていくんだ、というラストシーンは気持ち良い終わり方でよかったです。(※わたしは、は?結局なに!?というモヤッとさせたラストが大嫌いです)

あれ、なんだかんだ長く書いてしまってた!最後のおまけとして、わたし札幌生まれ札幌育ちなんだけど、エンドロールで戸次重幸の名前を見てびっくり。え、シゲ、どこに出てた!?!?のパニックで(笑)エンドロール、映画の余韻にひたれませんでしたよ・・・すぐにググっちゃった・・・ドキュメンタリーの監督やってた・・・はっきり顔も出てたわ、ごめんねシゲ気が付かなくて・・・!
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