せおすだ

レディ・プレイヤー1のせおすだのレビュー・感想・評価

レディ・プレイヤー1(2018年製作の映画)
4.1
この映画は娯楽として優れているだけでなく、VRが進歩した近未来に警鐘を鳴らす、社会的な問題提起をしている。
この映画を今やっておくことで、"将来の過ち"を犯さないで欲しいという、『ターミネーター』のようなストッパーの役割も担っている。
「現実だけがリアルである」
仮想の世界は所詮虚像であり、実際に会ったこともない人を親友と呼んだり、実際に会ったこともない人に恋をしたりしても、それは現実で繋がらなければ無意味なものであるということ。
且つ、プレイヤー側だけでなく、VR世界の創造主側にも責任は伴うということ。
その確固たるテーマはぶれずに芯にあるから、オマージュまみれでもこんなに筋が通った面白い作品になっている。


もうおじいちゃんなのに、スピルバーグからはまだまだこんなに斬新新鮮な演出アイデアが浮かんでくるのかと思いつつ、'80〜90年代への懐古感も随所に感じずにはいられない。
原作を上手いこと料理しているのだろう、スピルバーグの好きな映画や日本のゲーム等、ポップカルチャー作品へのオマージュで溢れており、スピルバーグの名前を出しても権利の交渉が大変そうな作品ばかりだ。
この映画は数年おきに何度か観ても、新しい発見ができそう。
『シャイニング』のくだりなんかは一番笑ったけど、仲良かったとはいえ、キューブリックが生きてたらスピルバーグになんて言うのだろう。一回「ゴミ映画だな」とけなしてから、「でも好き!」って言って欲しいな。それともVRアンサー映画を作るかな。

あと、植木や花壇を配置するプチ演出。
冒頭で一瞬登場するだけの集合住宅の1階のVRゴーグルをつけていない夫人や、IOI対抗勢力のアジト屋上は、これを置いている。
それは、VRに依存せず、現実世界での見栄えを見捨てず気にかけている人々の象徴のようである。