このレビューはネタバレを含みます
高校を卒業するまで海のある街に住んでいた。
海と言っても綺麗なビーチがある訳でもなく、かといって港町でも漁港でもなかった。
私が住んでた街は、やたら坂ばかり多くて、坂の上からは群青に濁った海とアメリカの戦艦が見えた。
高台にある高校は海の近くじゃなかったけど、それでも良く学校帰りに海を見に行った。
米軍施設からほど遠い、まるで隅っこに追いやられたかの様な全長500mほどの砂浜。
その海岸に沿ったコンクリートの階段に座りながら、意味のない会話と自販機の缶ジュースを、たっぷり時間をかけて飲み干した。
塾にも部活にもバイトにも行き場のない者たちがプカプカ流れ着いて、やり場のない思いを抱えながら世界のどこにも届かない話をして、日が暮れて風が強くなると海風と共に帰っていった。
その砂浜はアルファベットのCの形に小さく湾状になった海岸線の、ちょうど真ん中に位置していた。
私たちは階段に座って、Cの開いた隙間から広がる遠くの海をこっそり覗く様に眺めていた。
そしてCの左右の先端には、火力発電所と少年院が聳え立ち、海岸からの眺めを圧倒的な現実感で遮っていた。
階段から眺めるその景色は、およそ無限に広がる水平線や大海原なんかじゃなくて、まるでこれから飛び込む現実社会の様に窮屈で陰鬱で黒く濁って見えた。
それでもみんな、その景色を飽きずにずっと眺めながら、バカ話の合間にぼんやり将来の事を考えたりしていた。
そして、今はもう会話の中身なんてまるで覚えてないけど、そこから見えた景色と友達の横顔だけは覚えてる。
暇つぶしとも言える時間がどれだけ貴重な瞬間だったか、それは今になって分かる事。
今は分かる、もうあんな時間が戻ってこない事も、そして本当は海が無限に広がってた事も。