くりふ

ヒッチコック/トリュフォーのくりふのレビュー・感想・評価

3.5
【映画を読み取る力、を取り戻すために】

「ヒッチコック/トリュフォー」という冠ですが、かの歴史的書物の映画化というより、出版後の波及がより語られますね。キャッチコピー「10名の監督たちが語るヒッチコックの映画術」の方が内容的には近い。

が、彼らの語りも、原著のことよりヒッチ映画そのものの方が多かったりして。プロ視点によるファンムービーとも言えそうです。

逆に、基となった一週間分のインタビューを、実際の映像フッテージに音声として被せた、直球の映像版をみたくなった。制作は現実的ではないでしょうが、そう感じさせる一抹の寂しさもあったのです。

「映画術」を模倣しようとしても実際はうまくいかない、とも聞きますが、本作をみてヒッチの映画術をより理解できたかというと…逆に謎が深まった気がする(笑)。それだけヒッチ作品には、解けようのない魅力が詰まっているという証かとも思いますが。

が、小難しいゲージツ論が展開されるわけではなく、ヒッチの職人芸について皆、語ろうと試みている。それが深層心理に踏み込むことになっても結果論で、始まりはいかに観客をマジックに惹き込むか、というところ。

そのためのキーワードはわかり易く散りばめられているので、深めたい向きには作品を再度楽しみつつ、原著を紐解いて自分のヒッチを見つけよう、というところでしょうか。

英語ではペーパーバック版があることを知りました。日本語版を出してほしいけど…持ち歩かないとあの百科事典じゃ読破はムリ。若く時間がある時に通読できず、虫食い読みのままですわ。

作品別では一番好きな『めまい』語りが一番盛り上がるので、一番燃えました(笑)。

監督ら複数の視点から魅力が語られ、実際の映像に沿って進み、あのクライマックスへ…至るとちょっと涙腺ヤバくなる。フィンチャー監督が「美しき変態」と喝破しますが、その通り。もうずっと前からわかってるよ(笑)。

『スラヴォイ・ジジェクの倒錯的映画ガイド』での『めまい』分析も面白かったが、本作の方が編集効果も高く、よりヒッチ魂に近い感じ。

語られ度二位は『サイコ』ですが、制作過程をフィクションにした『ヒッチコック』が何故つまらなかったのか、本作でよくわかりますね。切り出した映像を冷静に評価する流れなのに、何故ここまでハラハラさせられるのだろう?

もちろん、ヒッチ本人の貴重な生声も聴けます。ある女優をバカ女と罵倒する楽しさ(笑)もありますが、一番可笑しかったのは、エロいオヤジギャグ批評で盛り上がるヒッチに、あのトリュフォーが思わず、エロいリアクションを返してしまうところ。

彼の奇声が間違いなく、本作のクライマックスです!(笑)

変態評論家の滝本誠さんが、パンフでしっかりこの件、ツッコんでいて流石だと思いました。

パンフでいうと、本編では省略された黒沢清監督の全文コメントが読め参考になります。『汚名』の2シーンを「悪魔的/天使的ショット」として比較分析していますが、端的でわかり易い解説。『汚名』は生々しい映画だと思っていましたが、これ程だとは再発見でした。

他、今後への危機意識として。

ヒッチ映画は論理を飛ばして情緒に走り、時に露悪的…と捉えられることが多いように思います。が、本作で改めて、観客の知性にわかり易く訴えており、観客が映画をいかに読み取るかでより楽しめるかが決まる…そういう作りになっていることがわかります。

本作は、ヒッチがハリウッドに与えた影響も語られますが、現代でのハリウッド映画は、いかに痴的に堕ちてしまったことでしょうか。それに気づきもしない観客も、確実に増えているように思います。

本作が描くことは、そんな現状への警告とも取れます。ただ、その警告に気づくかどうかにも、知性が要るでしょうから、最早どうしようもないかもしれませんが…。

トリュフォーがヒッチを「カメラで書く作家」と例えていました。的確です。

今後より深く、ヒッチ映画を「読み取って」、より楽しみたい、と感じた次第であります。

<2016.12.25記>
くりふ

くりふ