ユンファ

アイリッシュマンのユンファのレビュー・感想・評価

アイリッシュマン(2019年製作の映画)
5.0
「日本よ、これが映画だ。」

アベンジャーズ第1作公開当時、このコピーは随分と物議を醸したものだが、今となっては「マーベル作品は映画ではない」と発言したスコセッシが世界中の映画ファンに叩かれている。
一方で、スコセッシへのリスペクトに満ちたアメコミ映画「ジョーカー」がベネチアを席巻し、今もなお大ヒット中だ。
こうなると、もう何が何やら訳が分からない。

マーベル作品等の超大作やディズニーのアニメーション等の一部を除き、映画というコンテンツ自体が世界的に儲からなくなってきていることは、紛れもない事実だ。(あのスコセッシでさえ製作費に困るほど)
スマホや自宅のテレビで、安価かつ快適な映画鑑賞が可能となった影響は、予想より遥かに大きい。
だが、本当の意味で映画が好きな人間は、そうした環境においてもなお映画館に足を運ぶ。

「アイリッシュマン」は、わざわざ東京国際映画祭のチケット戦争に参加しなくとも、あと一カ月足らずでNetflixのホーム画面に否応なく表示され続けることになるが、僕はどうしても映画館でこの映画を見たかった。
僕にとって映画館で映画を鑑賞することは、何時間並んだとか、チケットを取るのにファンクションキーを押しまくったとか、何時間も電車を乗り継いでようやく劇場に辿り着いたとか、売店のお姉さんが美人だったとか、異常に鼻息のうるさい奴がいたとか、映写トラブルで上映が一時中断したとか、劇場が明るくなるや自然と拍手が起こったとか、良いことや悪いことも全て含めて体験である。
そうした体験は映画館でしか起こり得ないし、それらも作品それ自体と合わせてとても大切な思い出になる。
それで人生が左右されることさえ想定されるほどに。
だから、これは映画だとか映画ではないとか、映画とは何かといった議論に入る前に重要なのは、映画館で映画を見て、僕ら一人一人がしっかりと映画を体験することだ。

幸運にも映画館で体験することが出来た「アイリッシュマン」だが、これがとんでもない傑作で、映画館以外で鑑賞するのは非常に勿体ないと感じた。
ゴダールやブレッソンやリンチに比べれば、スコセッシもマーベルも大した違いはないというのが僕の持論だが、「沈黙」以降、彼の映画は次のレベルに到達したようだ。
デニーロ扮する主人公をドアの隙間から覗き見るかの如く、観客は否応なく映画に介入させられる。
スマホや自宅のテレビ画面で、果たしてこれほどの没入感が得られるだろうか。
誤解しないでいただきたいが、僕はNetflix批判がしたいわけではない。
Netflixが潤沢な予算と創作上の自由を与えなければ、スコセッシがこれほどの傑作を生み出すことは叶わなかったろう。
けれど、デニーロ、パチーノ、ジョー・ペシが揃い踏みした世界中の映画ファン待望のスコセッシの新作が、映画祭等の特別な機会を除き、映画館で体験することが困難な現状に、映画を愛する全ての人間は危機感を抱くべきだ。

僕自身もアメコミ映画の大ファンではあるが、もしもあなたがマーベル映画のファンでスコセッシの発言に憤慨しているものの、彼の映画を見たことがないならば、是非この機会にNetflixで「アイリッシュマン」を見てほしい。
長い。
ジジ臭い。
意味が分からない。
ネガティヴな感想を抱く可能性は高い。
何度でも言うが、それは映画館で見ていないからだ。
「これだから、映画ファンは面倒くさい」って?
うるせえよ。
それが映画だ。