MasaichiYaguchi

ノクターナル・アニマルズのMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

ノクターナル・アニマルズ(2016年製作の映画)
4.2
世界的ファッションデザイナーのトム・フォードが監督した作品なので、ヒロインでアートギャラリーオーナーのスーザン・モローのファッションや、彼女の邸宅やオフィス、そこに置かれている調度品を含め、計算され尽くした美しさがある。
ただ、その美しさには背中合わせに無機質さや虚無があり、更にその内側には度胆を抜くようなオープニング映像と相通ずるような醜悪さがあるように思える。
一流ブランドファッションを身に付け、スマートでハンサムな夫がいて、アートディーラーとして精力的に仕事をこなしているスーザンは公私共に充実しているように見えるが、その実、心は満たされず、夫婦生活をはじめとして不協和音が響き始めている。
そんな矢先、20年前に別れた作家志望の元夫エドワード・シェフィールドから、スーザンに捧げられた彼の著作「ノクターナル・アニマルズ(夜の獣たち)」が送られてくる。
ここから物語が本格的に始まるのだが、映画はスーザンがいるアートギャラリーというハイセンスな世界と、彼女が読んでいる小説「ノクターナル・アニマルズ」の殺伐とした世界が並行して展開していく。
この2つの物語の陰陽のコントラストが見事で、その世界観に引き込まれてしまう。
そして、家族旅行中に獣のようなならず者たちに蹂躙されたトニー・ヘイスティングの悲劇の顛末を描いた「ノクターナル・アニマルズ」は、トニーとエドワードを同一人物化していることによって、物語を読み進めていく内にスーザンのいる世界を徐々に侵食していく。
「スーザンに捧ぐ」と最初のページに書かれたこの小説は、元夫エドワードの彼女に対する積年の思いを込めた“メッセージ”なのだが、その意図は映画の後半に出てくるアートギャラリーの廊下に掛けられた絵で明らかにされている。
理不尽で暴力的な世界の中で、人にとって何が大切なのか、本当に価値あるものは何なのか、幸せとは物質的に恵まれたことなのかを、本作はシニカルな反語形で描いている。