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ノクターナル・アニマルズのkomoのネタバレレビュー・内容・結末

ノクターナル・アニマルズ(2016年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

スーザン(エイミー・アダムス)はアートギャラリーを営むキャリアウーマン。夫もまた富豪であるが、彼の浮気症に悩むスーザンは愛に満たされず眠れない日々を送っていた。
ある日、スーザンの元夫であるエドワード(ジェイク・ギレンホール)から『夜の獣たち』というタイトルの小説が届く。"夜の獣"とは、若い頃から不眠がちだったスーザンがかつて呼ばれていたあだ名だった。
スーザンの現在と、エドワードと過ごしていた頃の回想、そして『夜の獣たち』の内容という三種の映像が入れ替わりながら物語が進んでゆく。

昨年DVDで観た映画の中で最も衝撃的でした。映像や物語そのものも強烈なのですが、これほどまでに解釈の仕方が多様だと思える映画は今までに観たことがありませんでした。
観る人によって意見が分かれる要因は、この物語にとって最重要のテーマが作中ではっきりと描かれていないからだと思います。そのテーマとは、エドワードがスーザンに小説を贈った意図は『復讐なのか愛なのか』ということ。そのどちらとして捉えるかによって、エドワードが書いた小説に登場する人物たちの役回りが全く異なるものになってしまいます。

解説サイトを色々と巡ってしまったあとなので、これは100%私自身の解釈であるとは言えないのですが、私はこの作品を下記のように結論付けました。
まずエドワードが書いた小説『夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)』は、複数形の単語であることから、【この小説の登場人物すべてが夜の獣(=スーザン)の要素を持っている】のではないかと思います。
小説の主人公・トニーはエドワードと同じジェイクギレンホールが演じており、基本的にはエドワードの自己投影という位置付けであると考えられます。しかしエドワードの要素を持った代役者であるのと同時に、妻と娘を守れなかったという意味では、子どもを堕胎しエドワードを手放したスーザンとも境遇が似通っていると言えます。
トニーの妻ローラも、トニーと同じく娘を守れませんでした。トニーとローラの娘のインディアは、道中で出会う犯人グループを汚い言葉で罵ってしまいます。
この【言葉で相手を傷つける】ということは、かつてスーザンがエドワードに行ったことでもあります。
挙句の果てに、犯人グループにレイプされ殺害されてしまうローラとインディア。
これはエドワードがかつてスーザンに裏切られ失望した果ての、【エドワードの中にあった女性性のイメージの死】を意味しているのではないかと思いました。
犯人グループの筆頭であるレイは、インディアからの罵倒に腹を立て凶行に走りました。能力重視のスーザンが持つ絶対主義やコンプレックスの裏返しのように見えます。
そしてトニーと共に犯人探しに尽力してくれるボビー警部補は、「自分の命が尽きる前にこの事件だけは解決したい」と言う信念を語っています。この姿は、スーザンがTVに流れる性的な映像を見て動揺するなど、【女としてのタイムリミット】(=もう一度男性からの愛に満たされたい、人生をやり直したい)を意識した心情にも通じていると思いました。

ただ、現実の世界でエドワードがスーザンの前に現れなかった理由については想像が追いつかなかったので、トム・フォード監督による解説を読んでしまいました。

トム・フォードの解説は思っていたよりシンプルな語り口で、なおかつこの映画に漂う薄暗さすらもなく、人間を深く見つめる優しさに溢れたものでした。
その解説の一部に「スーザンが芸術作品の前を横切ったなら、彼女が小説を読みながら想像する世界の中にもその芸術作品の要素が出てくる。なぜなら人間とは記憶をするものだから」といった言葉がありました。

それを踏まえて考えると、スーザンはエドワードの書いた小説を読む際、必ず自分の過去やエドワードと過ごした日々を思い出すはずです。
エドワードはそれ自体が狙いだったのではないかと。自分の創作物の中に、彼女自身を彼女の空想によって刻み付けて欲しかったのではないかと思います。
小説も芸術作品と同じで、曖昧で不安定なもの。エドワード自身がスーザンの前に現れるよりも、答えのない幻想として彼女の中に残り続けること。そして彼女の内面によって、エドワードと過ごした日々の価値や、小説の意味の補完をしてもらうことが、エドワードにとって最重要の望みだったのではないかと考えました。
スーザンに彼女自身の罪を忘れさせないという意味では復讐であり、自分のことを忘れて欲しくないと願う心は愛なのではないか。

とは言ったものの、トム・フォード監督の解説や解説サイトの方々の解釈が素晴らしすぎて、まだまだ勉強中の身です。
この映画は人生経験によっても解釈が変わると思うので、もう少し年齢を重ねたら再挑戦してみたいと思います。
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