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パリ、恋人たちの影のnetfilmsのレビュー・感想・評価

パリ、恋人たちの影(2015年製作の映画)
3.8
 パリの街角に佇み、バゲットを頬張りながらメモ用紙に書かれた文字を見直すピエール(スタニスラス・メラール)の姿。髪を乾かすマノン(クロティルド・クロー)はチャイムの音に気付かずに、雑然とした室内の一番奥で鏡に向かい合いながら髪を乾かしている。やがて大きな声が聞こえ、後ろを振り返るマノンはバスタオルを巻いた姿で愕然としフリーズする。勝手に部屋に侵入して来た管理人は、ガスコンロは使うなと厳しい表情で話す。「部屋代を払って、あと2日でこの部屋を出て行ってくれ!」最後通告を突きつけられたカップルは路地裏で呆然としながら抱き合い、慰め合う。夫は現在無職で休職中の身で、ドキュメンタリー作家としての夢を追っている。妻は元々は東洋語学校に通い、通訳を目指していたが夫のピエールと出会い、学校の給食係のパートの仕事で糊口を凌ぐ。妻はドキュメンタリー作家になるという大きな野望を持つ夫の姿に惚れ、一緒に夢を追うことに決めた。マノンの母親との束の間の昼食、娘は母親の前で何とか気丈に振る舞うものの、母親の目線が消えた瞬間、抜け殻のような表情をしていた。夫のピエールはそんなことなど知る由もなく、ドキュメンタリー映画の被写体となるレジスタンス運動の被害者の証言に没頭する。編集作業中、階段で男は保存係の研修生エリザベット(レナ・ポーガム)の姿を目撃し、フィルムを車まで運ぶ彼女の仕事を手伝う。ミニスカートから見える官能的な生足、大人びた表情を見せる苦学生の姿にピエールは恋に落ちる。「俺は妻がいるから」と呟いた男は若い女性とすぐさま肉体関係に陥る。

 ルイ・ガレルの父親で、かつてアンリ・ラングロワに「ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ世代の最も重要な作家」と名指しされたフィリップ・ガレルの物語はいつも以上にミニマムでプライヴェートな物語に肉薄する。極端に贅肉を削ぎ落とした物語構造、レナート・ベルタの落ち着き払った審美眼的構図と光と闇、微妙な挙動を見せる手持ちカメラとフィックスによる長回しの対比、そしてガレルの映画の根底を漂白するダメ男と情に熱い女との絶望的な距離感。うだつの上がらないピエールはようやく、自身が腰を落ち着けられる被写体を見つけ、ジャーナリズム精神で対象と向かい合う。しかし献身的に自分を支え続けて来た妻の方をまったく見ようとしない。妻より若い女エリザベットは5人姉妹の真ん中で、貧乏だった彼女の両親は必死で働き、何とか中流家庭の仲間入りを果たした典型的なルサンチマンだった。何とか高等教育を受けさせようと大学に入った女に、無職の男は妻がいると宣言しながら誑かす。若い娘は最初は彼の大らかさに惹かれ、ベッドで身を任せるが、やがて彼が結婚した女性への強い嫉妬の念が噴出する。壁に隠れながらそっと見た正妻の満ち足りた姿、若い娘は自身の尊厳をいたく傷つけられる。互いに不倫をする仮面夫婦は一向に自分たちに向き合わないまま、説得力のないドキュメンタリー作家としての夢は次第にメッキの中に剥がれ落ち、決して笑みを見せないピエールの青春の延長には苦々しき結びが滲む。身勝手な男の精神性とその結末には賛否両論あ流だろうが、破れかぶれの青春の突起部分を描写したフィリップ・ガレルの物語は低予算映画らしいミニマムな男女の感情に満ちている。
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