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20センチュリー・ウーマンのKKMXのネタバレレビュー・内容・結末

20センチュリー・ウーマン(2016年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

母親+魅力的な2人の女性との関係の中でジェイミー少年が成長していく物語かと思いきや、突っ張って生きざるを得ない3人の女性がジェイミーを通じて変化していく話だった。

タイトル通り主人公はドロシア。激動の20センチュリーを生き抜いてきたが、自分は不幸せ、という観念に囚われている。生きるためにパートナーとの関係を捨てており、本当はパートナーシップを築きたかったが、気がついたら年老いてしまい、もうダメなのではと思い込んでいる。
ジュリーは母親に支配され、自分を生きることができない。アビーは子どもを産みづらくなるような運命を背負ってしまった。みな自分の問題を見ないよう、突っ張って生きている。強いようだが脆いと言える。

ジェイミーは少年だけど、なんか仏っぽい。エル・ファニングと毎晩一緒に寝ているのにエロいことを我慢できる15歳なんてあまり現実的ではない。ちょいと都合良すぎる存在だ。
まぁ、でもそんな仏の15歳と関わっていくうちに、彼の存在が鏡のように機能し、年上の女たちはパートナーシップの問題や、自身を受け入れられないなど、自分たちが目を背けていた問題に直面していく。ジュリーの母親はセラピストという設定だが、ジェイミーはまるでナチュラルボーンのセラピストのようだ。

物語上、ジェイミーとの関わりではっきりと変容した瞬間が描かれていたのは母親だけだったように思えた。しかし、エピローグでジュリーは母親と縁を切り、アビーも子どもを授かるなど(結果はさることながら、チャレンジしたのがすごいと思った)、自らを縛るものをブチ切って自分として生きている様子が語られており、エンディングはなかなかグッと来るものがあった。流石パンク映画だ。

母親は大恐慌時代の人とか言われていたけどずいぶんリベラルだし、登場人物たちは基本的に現代的な価値観を持っており、物語自体も普遍的なので、現代に置き換えても問題ない作品だと思う。しかし、1979年という設定は個人的にとても魅力的だった。
パンクがメインストリーム化する前の1979年のアメリカ西海岸のパンクの空気を感じられて良かった。
Black Flag ファンと Talking Heads ファンの対立とか、
(やはりアメリカのパンクはインテリ系元祖NYパンクとDIYアメリカンハードコアという大きな流れがあり、融合したり別れたりしながら進化したのかなぁ、ヘンリー・ロリンズ加入前でも地元西海岸だと Black Flag はすでに大物だったかとか、Ramones の影響は本国アメリカでは、1979年においては小さいのかなぁ、とかいろいろ想像)
アビーがやっぱりNYで洗礼を受けたとことか、ロンドンパンクの大物だと、ロンドン・コーリング前でありながらやはり The Clash が受け入れられていたのかなど、映像で観ると感銘を受ける。
パンク / ニューウェーブの物語なので、クラブに行くシーンも、1979年でありながらディスコじゃないのがいいね!

ニューウェーブ姉ちゃんのアビーがたいへん魅力的でした。思春期にあんなお姉ちゃんと出会っていたら、めちゃくちゃ影響受けるだろうな。
カーターの演説も素晴らしく説得力があり、1979年から現在に向けてのメッセージに思えてならなかったです。