海

レディ・バードの海のレビュー・感想・評価

レディ・バード(2017年製作の映画)
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昼過ぎに目がさめて、ふと海を見たくなって、水色のTシャツとジーンズを着て、家を出た。海岸には、いろんなひとがいて、夏がきたことを知らされる。子連れの家族。一人で座り込んでたそがれているお兄さん。アイス食べてるカップル。飛行機が見えたら、幼い頃からの癖で、飛行機の中に乗っているひとのことも考えた。わたしはいつから、この町にいることに不満も焦りも、感じなくなったんだっけ。抜け出したい生活があった。消し去りたい関係もあった。とおくへいくのがずっと夢だったような気もする。幼いころ映画の中でみたうつくしい景色のなかとか、もっといろんなひとがいて文化が芸術が言葉がものすごいスピードで行き来しているだろう街とか、誰かの手から手へとわたり、いつかどこかへ連れ出されるだろうと、今ここにいるわたしは、まるで幽霊みたいにとおいひとになるだろうと、思っていたような気もする。飛行機の音が聴こえると、それにあわせて風がふいているように感じるときがある。汗ばんだ頬がちょっとすずしかった。手で海にふれた。靴を脱いで歩いた。誰かと出会うことに、喜べない日はあっても、誰かと別れることが、さみしくなかったことは一度もなかった。いまのわたしをつくる、過ぎた日々がある。あなたといた日。あなたのいなかった日。さいごだとわかってるから、黙ってるひと。抱きしめてあげてる、わたしの腕。目を閉じている、風のようにゆれているふたりの髪、わたしの色のゆびさき、あなたのからだの温もり、風の匂い、涙で濡れた肩はつめたく、車の行き交う道には陽がさしていた。午後だった。悲しい、なのにここちいい。さみしい、そしていとおしい。レディ・バードが、心から大好きだった。背中に小さな羽を生やした彼女が、心の底からいとおしかった。自分であろうとするひとの、もがいているすがたが好き。生きてきたひとの、生きている暮らしが好き。あなたがそこにいるだけでわたしはうれしい。わたしはわたしでいたい、あなたがたったひとりのあなたであるように。わたしをわたしでいさせてくれる、すべてのひとに、ありがとうと言いたくなった。この町の海を見て、あなたがわたしの名前を呼んだとき、この場所に生きることを決めた。いま、わたしの頬を撫でるこの風は、ひとり泣いていた頃のわたしも、抱きしめあい泣いていたときのわたしも知っている風、きもちいいことといったら。ねぇ見て、この絵は傷でできてる。きれいだね。ほんとうに、きれいね。
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