亘

レディ・バードの亘のレビュー・感想・評価

レディ・バード(2017年製作の映画)
4.3
【"ダサいルーツ"への想い】
2002年カリフォルニア州サクラメント。クリスティーンはイタい少女だった。普通の環境で育った彼女は周囲に自分を「レディバード」と呼ばせ、NY進学を夢見る。彼女の高校最終学年が始まった。

他人とは違ったイケてるやつになりたいけど今一つ変わりきれない、親は嫌だし離れたいけど実は親が好きで頼らざるを得ない、そんな高校生のもどかしさをリアルに描いた作品。レディバードはイケてるやつになりたくて、紙を赤く染め「クリスティーン」なんてありきたりな名前を嫌って「レディバード」と呼ばせる。「あっちだ」と思えばあちら側に振り切り衝突しまた逆方向に振り切ればまたそちらに振り切り衝突しボロボロになりながらまだ強がる。

レディバードは決して裕福ではない普通の家庭に育ちサクラメントのカトリック系高校に通う。線路の反対側は高級住宅街で学校には裕福な家庭の友人も多い。学校は敬虔なカトリックで規律も厳しめ。いまいち自分の強みが分からない彼女の差別化方法こそ赤い髪と「レディバード」という名前だったのだろう。そして彼女は大都会でおしゃれなNYに行けば自分はイケてるやつになれると思っているのだ。

彼女にとって高校生活で大きな事件は2度の失恋と友人関係の変化だろう。まず彼女はダニーという彼氏を作る。彼はいい人だし自然体で付き合える相手。長続きしそうに見えたけど、ある夜彼がゲイであると発覚。その後レディバードが彼を優しく慰めていて、尖っているように見えながら実は優しい彼女の素が見えたようだった。次に出会ったカイルは、ミステリアスな雰囲気で格好いいけど取っつきにくくひねくれている。レディバードも無理矢理合わせているように見えたし、彼は背伸びして付き合う相手だったのだろう。だからこそ初体験に関して話が合わなくなったらすぐに別れた。彼女にはジュリーという真面目系のパッとしない親友がいたけど、ある事件以来疎遠になり次第にやんちゃ系のジェンナと仲良くなる。でもジェンナがレディバードと仲良くするのはカイルの彼女だから。見ていてもなんかいまいちすっきりしない感じだったからこそ、カイルと一緒にプロムに行けなくなってジュリーと女子同士踊る姿は印象的だった。

そして何より彼女にとって大きな出来事は大学進学。レディバードはNYに行きたかったけど成績が良くなくて近所のイケてないUCデイビス進学になりそう。親としては金もかかるし何より娘をそばに置いておきたい。だから親子で対立して何度も喧嘩する。そんな中で彼女は親に内緒でNYの大学に出願し補欠合格。それを母親に黙っていたことで母親と険悪ムードになる。母親も意地になっていて一歩も譲らないし結局は父親が奨学金申請したりレディバードと母親の中継ぎをする。ただ母親も意地張ってるけど実は娘への愛にあふれていて、NY出発前には必死に手紙を書こうとするし、空港でも娘を気にかけている。「駐車料金が高いから」なんて意地張りながら結局見送ろうとする母の姿は感動的。

終盤NYでの彼女の姿は自分のルーツへの愛があふれていたと思う。あんなにサクラメントを嫌っていたのに、出身地を聞かれまずサクラメントと答えるし、名前を聞かれてレディバードと答えずにクリスティーンと答える。曲の好みがダサいといわれても好みを変えないし、つまらないと思ってた教会でのミサに自主的に参加する。高校時代だったらダサいと思って嫌ってただろう事項を今では気に入っている。彼女は遂に自分の"ダサいルーツ"を受け入れたのだ。そして最後にあんなに嫌がっていた母親に電話する姿が印象的だった。

今作はサクラメントという舞台が絶妙だったと思う。カリフォルニア州の州都で"それなり"に発展してるけどサンフランシスコとか大都市から離れていて、地域で目立つ"それなり"の立ち位置。UCデイビスという良い大学が近くて地元進学もアリ。ど田舎だったら家を出る以外の選択肢がないだろうけど、"それなり"に大きい都市だから家を出なくても"それなり"に良いのだ。サクラメントの立ち位置が、レディバードに立ちはだかってより彼女を悶々とさせたと思う。地方出身者として共感する点も多かった。

印象に残ったシーン:レディバードが母親と意地を張り合うシーン。レディバードが失恋するシーン。レディバードのNY出発当日のシーン。レディバードがNY生活をするシーン。レディバードが母親に電話するシーン。
亘