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レディ・バードのkyonのレビュー・感想・評価

レディ・バード(2017年製作の映画)
4.0
”レディ・バード”が羽ばたくために。

ベッドで寝ている母親と娘の姿。
学校の礼拝越しにばんっと前面に現れる”Lady Bird”のタイトル。

そこから車のショット。
2人とも「怒りの葡萄」の朗読を聴きながら涙を滲ませる。

ここのシークエンスで、ふと親娘としての小さな絆を共有して束の間、喧嘩し始める親娘。

喧嘩するシーンのリアルさは、どこかドラン作品の喧嘩シーンも思い出す。車の運転中に喧嘩しがち笑

ピンクのギプス、ピンクに近いオレンジのヘアカラーがトレードマークのシアーシャ・ローナン演じるクリスティン。『グランド・ブタペスト・ホテル』からまた大人になって、美しくなってる。

そしてずるいイケてる男子カイルを演じたティモシー・シャラメ。何度でも言う、ティモシー・シャラメがずるい。『君の名前で僕を呼んで』のエリオとはまた違い、どこか退屈そうな、男の子。だめだ…これはやられるね。笑


あと印象的だったのは、クリスティンがプロムに着たドレスに対して、カイルたちが車の中でダサいとか悪口言うシーン。つまり、このシーンでのおめかししたクリスティンは、何か彼らのコードからズレていて、そこからはもうあちら側とこちら側になってしまう。ファッションが示す境界線の有無はやっぱり物語ありきだから、映画衣装を語れるきっかけになる。

で作品全体を見ると、

自分のことを”レディ・バード”と呼ぶクリスティンは地元のサクラメントから脱したいと思っていて、そこに呼応するように彼女は自分のそれまでの世界から抜け出そうとする。

NYの大学にこっそり志願してみたり、演劇をやってみたり、好きな男子をゲットしてみたり…。なりたい「わたし」を探しながら仮名のレディ・バードを貫く。やがて、好きな男子は実はゲイだったり、イケてるグループに入ってみたものの中々馴染めなかったり、お互い初体験かと思っていたカイルからはそうじゃないことを告げられ、世界から抜け出そうとしても上手く飛べないような状態に。

母親にも上手く頼れず、しかもお互いがお互いの地雷を踏みまくる。

でもこの状態って、すごく共感するし、わ…わかる…って琴線に触れまくりだった。

クリスティンが羽ばたくのは、やっぱり自分の意志を形にしたときで、それまでの過程は彼女がレディ・バードからクリスティンになるイニシエーションに近い。

ティーンエイジャーを題材にする作品にはやっぱり”イニシエーション”の繋がりがある気がする。

何をもって”大人”と呼ぶのか、なるのかわからない揺らぎの中で経験したことでしかわからない少年少女たちがいて、その過程を青春と捉えることが出来るのかな。


監督のガーヴィングも、
「ティーンエイジャーの作品は理想の男子に救われて、その内実やリアルな女子の事情が描かれることが少ない」みたいなことを言っていて、やっぱり例えばこの作品でもはじめにクリスティンがいいなと思ってた男子を難なくゲットしていて、ある種のハッピーエンドの形はここで獲得している。

でもその男子が実はゲイで、っていうのはわざとらしい感じじゃなくて、この男子は男子で自分のイニシエーションの時間の中で”気付いてしまった”1人でもある。

クリスティンの親友も多分教師にちょっとした恋心を持っていたけど、教師の妻とお腹の膨らみを見てこの気持ちは叶ってはいけないことだと気付く。

そういった揺らぎを持ち合う同じ世代同士にしか保てない世界があって、だからこそ2人を抱きしめるのは同じ揺らぎを持つクリスティンになる。

この世界には母親やまして家族が入り込めない境界線があって、その境界線を消したとき少年少女は1つ階段を上がるのかもしれない。

クリスティンが自分をクリスティンと名乗る行為はそんなイニシエーションの時間が彼女の中で一旦終わったことを意味してるのかなとも考えさせられる。

そんな彼女の青春を通して過ごすことは胸をぎゅっとさせながら、自分の中の青春と重ねる時間なのかもしれない。