木津毅TsuyoshiKizu

ラブ・アゲインの木津毅TsuyoshiKizuのネタバレレビュー・内容・結末

ラブ・アゲイン(2011年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

※注:クソ長文です。

 netflixにて。

 いま「netflixにて。」なんて、さもストリーミング・サービス使いこなしてます風に書いてみましたが、いや、数週間前に『イースタン・ボーイズ』をもう一度観たくて登録してみたんですよ。1ヶ月無料ですからね。そしたら日本版では観れないし(そりゃそうか)、だからずーっとアニメ版『タンタンの冒険』と(ハドック船長ね♡)、ここ数日は『世界にひとつのプレイブック』のラスト・シーンばっかり観ていたわけですよ。ブラッドリー・クーパー……マジで……本当に……カッコいいぜ……。

 というわけで、ボウズに近い短髪・ヒゲ面のブラッドリーが「ティファニーへ」と書いた手紙を渡すシーン(マジで……本当に……カッコいいぜ……)をあと100回見たらnetflix解約してもいいかなー、なんて思っておったんですよ。いや、僕、そもそもインターネット苦手なんです。「量」で勝負されるのも。なぜならそこはすべてがスーパーフラット。本当に何から観ていいかわからない……。たぶん海外ドラマを一気に観るのにいいんだと思うんですけど、締め切りあるときにうっかり手を出したら本当に命に関わるし、映画もああいう感じで並列されているのはちょっと慣れなくて……という旧人類なんです。飛行機の映画はおろか、いまだにシネコンすら慣れないもんな。どうしようもない日本映画と、ずっと楽しみにしていてようやく入ってきた海外の映画(映画賞獲ったやつとか)が2週間限定で公開されてるのが横で同時にかかってる感じとかね。おっと余計なこと書きましたね。
 ともかく、クリスマスの夜ですよ。実家暮らしの31歳男独身異常動物なんで、ひとまず年内の原稿終わったからワイン開けてピエール・エルメのケーキ食べて(母と)、さてもう一回ブラッドリーに会おうかと思ったところで、「あなたは『ラブ・アゲイン』も観なさい」とnetflixが言っている。おお、そうか、忘れてた忘れてた。スティーヴ・カレル好きやし、わりと評判いいし、前から観たいなーと思っててんなー、じゃあ観てみるかーと。以前あなた(netflix)がオススメしてきた『モンスター上司』はチャーリー・デイがかわいかった以外はとくに観るべきところはなかったけどね。

 はい、恐るべきことになんとここまでが前置きです。で、『ラブ・アゲイン』。

 結論から。
 これはかなりいい。ジャンル映画はつねにそのジャンルの様式に対してどのように振る舞うか、ということがある種の宿命になっているが――たとえば西部劇だったら過去の西部劇のクラシックが築いてきた見せ方を踏まえた上で自分はどうするのか、といったように。ホラー映画、ゾンビ映画、ミュージカル映画もそうかもしれない――、ラブコメというジャンル映画はその振る舞い方にじつは慎重さを要求されるカテゴリーなのかも、とこの映画を観ながらふと思った。はじめに離婚の危機に直面するスティーヴ・カレルがこの映画でやることと言えば、まずはラブコメの主人公になること、である。ダサい男を主人公とするのはカレルが主演した『40歳の童貞男』(05)の大ヒットからさらに定番の手だけれども、この映画はまず「ラブコメにとってそれはいいのか?」と根本的な問いを示してみせる。そしてライアン・ゴズリングの指南によって彼はイケてる中年になっていくのだがそれは、まさに観客であるわたしたち=普通の人たちが、ラブコメの主人公に変身し感情移入していく様を画面上で再現しているかのようである。だからわたしたちはスティーヴ・カレルが主人公となってやり直す恋(「ラブ・アゲイン」!)を親身になって応援できるのだし、同時にこの映画で描かれる複数の恋のどれかに自己投影するのである。
 そしてカレルが「クリシェの雨だな!」と映画のちょうど真ん中で言うとき、それがラブコメ映画における「クリシェ」であることにはっとする。つまり本作はそこで何かを確認するように、「これはラブコメなんだ」と観客に再確認してみせるのだ。たとえばホラー映画がそのマナーに則った演出を正面からやってのけたときになにか清々しい感動を得るように、この映画は「これはラブコメだ」と宣言することで後に来る展開のハードルを自ら上げるのである。あなたたちはこの男を応援したいと思うでしょう? だいじょうぶ続けてくれ、どうぞ全力で応援してくれ、と。

 ではそこからスムーズに映画が進むのかと言えば、けっこうな山場が用意されていて、いや、これどうなんの? と普通に思わされる……のだが、でもそこでわたしたちはもうこの映画を信じてしまっているのである。スティーヴ・カレルを心から応援したことがきっと報われると……。
 ラストの「スピーチ」ではさらにご丁寧にもラブコメにおける「信念」のようなものが掲げられる……すなわちそれは「諦めない」ことである、と。家族映画の様相をどこかで示しながらも、やはりこれは正真正銘のラブコメであり、その筋を通して幕を閉じる。その堂々たる振る舞いに――ラブコメに対する問いかけと同時に差し出される忠誠に、この映画の志の高さを見てしまうのだ。

 そしてスティーヴ・カレル。これだけ豪華なメンツ(マジで豪華ですよ。ここでマリサ・トメイ来るか!って観ながら叫んだもんね。)のなかでちゃんと映画の中心にいるし、シックス・パックを披露するライアン・ゴズリングよりもさらに数倍カッコいい(ゴズリング自身もちゃんとその位置に自らいる)。と同時に、パイプ椅子にちょこんと座る彼の姿を捉えたロングショットを見た瞬間、誰もが彼の味方にならずにはいられない……スティーヴ、あなたは本当に素晴らしい俳優だ。そう確信できるという意味でもとてもいい映画です。

 ということで、こういう感じの映画を拾い直せるならnetflixもうちょっとやってもいいかなー、と思って、まだ迷っています、という話でした。もうすぐ朝……つーか年末ですね!
 ラブコメ研究しようかなー。

~fin~

 あ、いま、netflixが『アロハ』を観なさいって言ってるんですけど観るべきですかね?