“太陽”を売った少女の作品情報・感想・評価

“太陽”を売った少女1999年製作の映画)

La Petite Vendeuse de Soleil

製作国:

上映時間:45分

4.4

「“太陽”を売った少女」に投稿された感想・評価

中編映画史上一番カッコいい映画。
どのシーン切り取っても生命力が漲ってギラついてて最高でした。
[男の子が出来ることは、女の子でも出来るんじゃい!] 99点↗

短いから見るかくらいのテンションだったのだが、短編ベスト10に入るくらい面白かった。監督の名前も聞いたことなかったのが、「Touki Bouki」(この前スコセッシがリマスターした)の人らしい。セネガル映画ね、覚えとくよ。

左足が悪く松葉杖(正確にはロフストランドクラッチ)を使う少女シリ・ラームは物乞いを止めて”ソレイユ”という新聞を売ってお金を稼ぐ決意をする。曰く、”男の子が出来ることは、女の子でも出来るんじゃい!”。すると新聞売のシマ争いに巻き込まれたり別の新聞スッドを売る青年と出会ったり、同情で貰った1万フランが警察に目を付けられたりするのだが、持ち前の度胸と明るさでそれぞれに対応していく。図らずも敵対してしまった新聞売のグループに片方のクラッチを持ち去る嫌がらせを受けた後、青年に負われて光に向かって進むという神々しいシーンで映画は終わる。

新聞売が多すぎて街を行く人々が全員”ソレイユ”を読んでいるのには爆笑必至。また、車椅子の男が「デカローグ」のアルトゥル・バルチシ並に不定期出没し、決して干渉せずにシリを見守る姿は何とも美しい。

私は、MUBIの”悪い映画を見るにゃ人生短いぜ”と言いつつ、彼らの提示する映画が総じて優れた映画とも限らず、結局は見てみないと良い映画か悪い映画かなんて判別できないという矛盾が好きなんだが、たまにこういう題名すら知らなかった傑作に当たると彼らの理念にも共感できるしウィンウィンなんだよね。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.0
【本当に《太陽》を売っていた】
MUBIで、セネガル映画が配信されていた。足に障がいを抱えた少女が、新聞を売る少年を見て、「あたいも新聞売るわ!」とタイトル通り《太陽(LE SOLEILE)》を売るという内容。

これだけ聞くと凡庸な気がするのだが、劇中に登場する障がい者の動きと独特なリズムが妙に新鮮。しかも、途中でミュージカルに化けた時、「ブラボー」と叫びたくなった。

もちろん、話も骨がある。少女が警察署のようなところに殴り込みにいく緊迫感。健常な少年たちを倒していく様に強烈なメッセージが込められていた。

素敵だ♡
めちゃくちゃ傑作という気がしてきた。ラストカットは最高。しかも、足がなく車椅子で移動しながらお金をもらってラジオを流すおじさんは笑い顔がけやき坂46の齊藤京子に似ている。『ひらがな推し』か『KEYABINGO!4』で取り上げて欲しい。
2015年アンスティチュフランセが催したフランコフォニー映画祭で上映された、ジブリル・ジオップ・マンベティ監督の代表作にして遺作

言ってしまえば足の不自由な少女が新聞を売るだけなのだけど、松葉杖をつきながら歩く少女がとにかく力強くて神聖にすら思え、その姿を見ているだけで感動させられたし、それがある事態で以って変化するラストも神々しさで息を飲むほどだった

それだけでなく足のない車椅子ラジカセおじさんやストリートチルドレン等映る人々が逞しく生き生きとしていて、映画全体が生命力で溢れていた

勿論台詞での説明に頼らず映像自体の力を信じるマンベティのスタイルも健在で、被写体の良さを引き出せたのもそんな彼の姿勢があってのことだろう

しかしそれだけ優秀な監督である彼が21世紀を迎える前に亡くなってしまったのは、映画界最大級の損失と言っても過言ではないだろう
セネガルの新聞”ソレイユ”を売る、松葉杖の少女の話。
すげーシンプルで俳優も素人のようだ。
キアロスタミや北野映画のような空気感が画面にある。途方もない傑作。

北野やキアロスタミの空気感を維持しながら、突然、松葉づえの少女と数人の少女たちが、道を音楽に合わせ踊りながら歩く移動撮影という半ミュージカルパートが挿入されるのだが、もうね、素晴らしすぎてここで泣いた俺は。

少女と、少女に好意を寄せながら競合新聞を売る青年が、お互いに新聞を売り歩きながら道を歩くところの移動撮影も素晴らしいし、雨が降る前の独特の空気感のカットなんかも神だった。