佐藤でした

名前のない少年、脚のない少女の佐藤でしたのレビュー・感想・評価

2.8
「この町では、みんなが密かに夢を抱いている。」という

至極主観的なセリフと、ビニール袋の中で窒息しながら笑う彼女が印象的なオープニング。

主人公の「ぼく」は、ネット上の知人にボブディランのライブを誘われるが、距離が離れていることを理由に断った。

ネット上や空想の世界はすべての物事が身近になり、「現実に存在する場所だけが遠い」んだって。

この映画にあるのは、ありふれた、ただのモラトリアム。球の回ってこないフットボール。判ってくれない母とふたりの母子家庭。

詩的表現と実験的映像、フランス語。男と女。少しの性。ヌーベルバーグがほのかに香る。

ところどころでボブディランが顔を出す。ミスター・タンブリン・マン。

SNS。海の藻屑となってどこかに消える、写真やポエム。インスタントの自己表現。自分のカケラ。現在地の確認。ぼくは今ここにいる。

何もかもが累積しない、流れていくだけの青い時間。目に見えて時間が減っていくことは、この時分の恐怖でしかない。

よくある普遍的な退屈のうつうつ。



↓公式サイトで見てストーリーが初めてわかった。

…"ミスター・タンブリンマン" の名前で自分の詩をネットに投稿し続ける少年。チャット相手から、三日後に行われるボブ・ディランのライブに誘われるが、少年が住む小さな田舎町からは遠すぎた。

ある日少年はひとりの青年と出会う。彼はかつて、恋人のジングル・ジャングルと一緒に自殺を図った男ジュリアンだった。ジングル・ジャングルは死に、ジュリアンは死に切れず、町に戻って来たのだ。

ネット上には、ジングル・ジャングルが生前に撮影した映像が残されていた。彼女は、数多くの作品を撮影し、ネット上に投稿していた。少年はその映像の世界に惹きこまれていく。現実世界と仮想世界の境界が曖昧になるほどに…。