emily

名前のない少年、脚のない少女のemilyのレビュー・感想・評価

4.3
ボブ・ディランの音楽が彼を支え、幻想を見せる16歳の少年。どこにも居場所を見つけられる、「ミスター・タンブリンマン」というハンドルネームで日夜ネットで言葉をつづっている。さらに動画や写真サイトである女性に魅せられ、彼の言葉と交差するようになる。そうしてある男が田舎に戻ってくるが、その男は・・

 ビニールの中の女の子の首を絞めている動画「呼吸」から幕開けする。ネットに文章を投稿し、ゲームの音と音楽が交差する。そこから夜の線路沿い、浮かびあがる光に映像が溶け込み、煙草を吸う少年二人にピントが合う。彼らを上からとらえ、カメラはどんどん上へ上へ引いていくのだ。すると彼らに緑の星が重なり、何気ないシーンを幻想的な浮遊感のある絵へシフトする。

 冒頭は説明を排除したイメージ像を重ねていき、中盤からその秘密が明かされていく。幻想的な現実離れしたような空気感の中、常に何かが起こりそうな不穏感を煽り、ハンディカムの映像に切り替えていく。まるで二つのカメラがあるように、動画サイトで見た彼女の映像が現実の少年の日常に交差し、ボブディランの音楽が寄り添う。レトロな古い画質の絵、緑に囲まれた湿度の高い庭からの一本道、まるで霧の中に溶けていくような、今に消えてしまいそうな彼の地に足のついていない日常。現実の上を夢、幻想、ボブディランが上塗りして、その比率から現実がどんどん小さくなっていく。

 電気を消すと光がまるで星のように浮かびあがり、それが手のひらにのってるように見える。まるでここにはない何かを求め、それを手に入れるような、しかし掴んだとたんに儚く消えていく、夢の中にだけ現実を見てるような、美しも切なすぎる何気ない一つのシーンが非常に印象的だ。他にも突如無音に切り替え、現実の色のなさを見せたり、彼の中の現実は妄想の中にだけあり、その中では動画サイトの彼女はしっかり生きており、彼の横でディランを聞いているのだ。風に揺れる蝶の死骸は、心はとっくに死んでいる彼を描写しているようだ。淡い色彩の動画の中の二人の映像は幻想的かつ絶妙な構図で、印象的なシーンが非常に多い。祭りを楽しみ一方で少年はグローブジャングルを回して、ぐるぐる回ってる姿をカメラは上から捉える。光が幻想的に交差し、風を感じ、幻想から抜け出し、でもまだ現実に地はついていないが、何か変わろうとしているのを感じ取れる。そこから夢とも現実とも分からないシークエンスからイメージを繋ぎ、ディランと橋の上・・その先にある未来という現実に霞むきりではない、まだ見えないそこへ向かっていく。

 焦点の合わない映像に、光の魔力、意味深な夢、幻想、文章、動画とあらゆるものが重なりあい、青春の一コマを幻想的かつ浮遊感の中で描く。美しくも悲しい、切なくも希望に満ち足りている。そうしてあのころ音楽の世界に酔いしれて、現実を上塗りし、そこから広がる何か、見えない未来の光に満ち足りていたあの頃がヒリヒリと痛みをもって、鮮明によみがえる。創造を掻き立てる、創造なしには補完できない作品だ。