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O侯爵夫人のakrutmのレビュー・感想・評価

O侯爵夫人(1975年製作の映画)
4.0
身の覚えのない妊娠をした未亡人の侯爵夫人が、恩人のロシア司令官に求婚されながら、新聞広告で子供の父親を探そうとする行動の顛末を描いた、エリック・ロメール監督の文芸ドラマ映画。ブルーノ・ガンツが若くて、最初は本人だとわからなかった。ロメールも将校役でワンシーンに出演している。(ロメールはすぐにわかった。)

「六つの教訓話」シリーズを完成させたエリック・ロメールが次に取り組んだのが文芸作品の忠実な映画化で、その結果として本作と『聖杯伝説』という2本の長編映画を製作している。批評家たちがよく言うように「傑作小説を映画化した作品は原作を超えられない」のは下手な翻案や脚本のせいであって、小説に忠実に映画化すれば原作以上の映画を作れることを証明するために、文芸作品の映画化に取り組んだとロメール自身が語っている。そのために最初に選んだのが、ドイツを代表する劇作家で若くして自殺したハインリヒ・フォン・クライストの小説『O公爵夫人』である。ロメールは、元々ドイツ文化に興味を持って慣れ親しんでいて、『O公爵夫人』を読むためにドイツ語を本格的に習っている。そして、ドイツの俳優を起用してドイツ語で撮影したのが本作である。

現代における恋愛やそこでの人間観察をテーマとするロメール作品としては極めて異色であり、その評価も分かれる。自分自身もロメールは現代恋愛劇だよなあと思いながら鑑賞し始めたが、なかなか良くできている映画だと感じた。ドイツ文学だからドイツ映画として撮影したのはもちろんのこと、色々な箇所にロメールの頑固なこだわりが見えるのには、映画監督として尊敬できる。「六つの教訓話」シリーズの途中から撮影を担当しているネストール・アルメンドロスの、自然光を利用して撮影した映像が美しく、とても絵画的である。

絵画的ということで特に注目すべきは、O侯爵夫人がベッドにぐったりと横たわって寝ているシーン。これはフュースリーの有名な『夢悪(nightmare)』という絵画(の一部分)をモチーフに映像を撮っている。さらに言うとこの絵画を知っていれば、このシーンが作品全体を通じての重要なシーンであることがわかる。実はこのシーンは、エリック・ロメールが生涯で唯一絵画を映像化しようと試みたシーンなのである。本人曰く、フュースリーの絵画を忠実に実現しようとしたが、描かれている女性の姿勢が物理的にあり得ないなど、結果としてうまく模倣できなくて、それ以降絵画を映像化することは考えなかったそうである。

物語内容そのものも、俗っぽいメロドラマと言えばそうなのだが、なかなか面白かった。O公爵夫人が身ごもっている子供の父親が誰かというのが最後に明らかになるわけだが、そこまでの道のりが面白い。最初は、O公爵夫人は(身に覚えがないので)想像妊娠を疑うわけだが、本当の妊娠だと医者にはっきり言われてがっかりするし、すると今度は、O夫人の両親が、娘は自分たちに隠れて男と遊んでいるビッチだと思って、家から追い出してしまう。その後にビッチ疑惑は晴れるわけだが、自分たちの娘なんだから、信じてあげようよ。現代の視点から考えると、最後の結末はいろいろと異議はあるかもしれない。
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