カツマ

ボブという名の猫 幸せのハイタッチのカツマのレビュー・感想・評価

3.8
荒廃した人生にただ一つ灯った未来への道。その灯りは意識してかしないでか、一人の青年の人生を確かに救った。その灯りの名はボブ。ボブという名前の猫。彼は背中にピョコンと上っては、ミュージシャンの全てを支えるバンマスとして圧倒的なカリスマ性を発揮する。人生崖っぷちだった青年に希望を灯した、生態系の絆を越えた魂の大逆転劇がここにはあった。

イギリス国内でベストセラーを記録したノンフィクション小説『ボブという名のストリートキャット』を映画化したのが今作だ。何と劇中の猫をボブ自身が演じており(他の猫がサラッと演じているシーンもあるにはある笑)、彼のキュート過ぎる魅力に癒される猫好きには堪らない作品。だが、そんな癒され映画一辺倒ではなく、根底にはイギリスの路上生活者の真実や、薬物依存症の恐怖を饒舌に示した社会派映画としての側面も持っていた。

〜あらすじ〜

路上生活者のジェームズは薬物依存症からのリハビリ期間。彼はストリートでギターを弾いて歌うことで何とか日々の生活費を削り出してきた。そんなある日、同じく薬物依存の青年バズに唆かれて、ジェームズは再び薬物に手を出してしまう。投薬治療中に危険薬物ヘロインを投与したことでジェームズは死線を彷徨い、気付けばベッドに横たわっていた。
そんなジェームズを見かねたソーシャルワーカーのヴァルはジェームズに住居を斡旋し、最後通告にも似た厳粛な治療を要請した。そんなジェームズのもとへある夜、一匹の猫が現れる。そのオス猫はどこから来たのか不明であり、飼い主もいない様子。しかも彼はどういうわけかジェームズに懐いており、路上演奏にも付いてきてしまうのだが・・。

〜見どころと感想〜

フィクションのような奇跡めいた物語だが、完全なる実話である。薬物中毒で人生どん底へと堕落した主人公がある一匹の猫との出会いから、二人三脚(正確には一人一匹六脚)でその人生を再生へと導いていく物語。ホームレスとなったジェームズの境遇はそのまま現在のイギリスにおける路上生活者の実態を映す鏡となっており、そこに薬物依存の恐怖を絡めることでより悲壮な現実を突きつける作りとなっている。

社会派映画として十分な問題提起がなされているにも関わらず、この映画の重みを緩めているのは何といってもボブの存在だろう。非常に大人しく、ジェームズを見守り続ける彼の姿は抜群に愛らしくて、この物語のマスコット的要素を独り占めしてしまっていた。

ジェームズにとって幸運だったのはボブとそして自身を支えてくれる人々に囲まれていたということ。やはり人は一人ではその空白を埋めることは難しい。薬物との壮絶な戦いも、すぐそばでボブが見守っていたからこそ打ち勝つことができたのだろう。孤独な日々から踏み出して最高の友と共に未来を歩く。それはジェームズとボブによる現在進行形の奇跡だった。

〜あとがき〜

エンタメ性とメッセージ性のバランスが良く、非常に映画としての完成度が高い作品でした。ボブの熱演は物語が実話であることの裏返しであり、幸せのハイタッチが全ての闇を吹き飛ばすかのように温かい気持ちにさせてくれました。

社会の裏側、それは生きることも精一杯の世界。でもそこが終着点なのではなく、人生の一つの折り返し地点なのだと思いたくなるようなお話でしたね。
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