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ザ・ダンサーのchiakihayashiのレビュー・感想・評価

ザ・ダンサー(2016年製作の映画)
4.8
@試写
 「芸術と恋愛は、自分の力で勝負しなければならない」とはまもなく公開されるアンジェ・ワイダ監督の伝記的な映画『残像』のヒーローである画家の言葉だが、芸術家たらんとする女性は恋愛についても、男性とは比べものにならないほどの葛藤と闘いを強いられてきた。

 女性監督による、歴史に名を残す、あるいは歴史に埋もれた−−−−こちらの方が多い−−−−女性の芸術家の伝記的な映画と言えば、古くは『アルテミジア』(アニエス・メルト監督、1998)、サルマ・ハエックが主演、製作にも携わった『フリーダ』(ジュリー・テイモア監督、2002)、近年では『画家モリゾ、マネの描いた美女』(カロリーヌ・シャンプティエ監督、2012)、あるいは『クララ・シューマン愛の変奏曲』(ヘルマ・サンダース=ブラームス監督、2008)などが思い浮かぶ。女性詩人まで含めれば『シルヴィア』(クリスティン・ジェフズ監督、2003)も。いずれも熱のこもった作品だったけれど、何か大事なピースが欠けているようだったり、ヒロイン像がくっきりと鮮やかに結ばなかったりと、いつもほんの少しもの足りない感じがしてきた(もっとも、それは私自身が未熟だったからかもしれない)。

 モダン・ダンスの創始者のひとりに数えられるロイ・フラー(1862−1928)を描いたこの作品は、これが監督デビュー作とは思えないほどの史実への肉迫と同時に、大胆な脚色と周辺の人物の造型で、かつてない女性芸術家の物語になっている。

 ことにロイ・フラーのパトロンとして登場し、後には彼女に金銭的に助けられることになる架空の人物、ルイ・ドルセー伯爵との関係が新鮮かつ深い。監督自身の言葉を借りれば「友情や愛情といった言葉では定義できない」「性的関係はなかったけれど、ふたりは官能性にあふれていた」。

 ほかにもヒロインの力を見抜いてマネージャー役として献身する女性、ロイ・フラーが若い少女たちにどんなふうに自由に踊るようにトレーニングしていたか、イサドラ・ダンカンに惹かれ、自分にはない才能を羨み、裏切られる関係など、いずれもひとかたならぬ説得力をもって迫ってくる。

 主演のソーコ(1985年生)の来歴も興味深い。曰く、16歳でパリに出て、演劇学校を皮切りにいくつかの学校に通うが興味を持てずに途中放棄。その後、自宅で楽曲を制作しては音楽関係者に聴いてもらい、2007年自主制作したミニアルバムがヒット。2012年には『博士と私の危険な関係』(原題は『オーギュスティーヌ』、アリス・ウィノクール監督)で、ヒステリー患者の催眠療法で知られ、一時フロイトの師でもあったジャン=マルタン・シャルコー(ヴァンサン・ランドン)の実在した患者オーギュスティーヌを演じている(ちなみにこの作品のストーリーは、女性の視点やその後の精神医学の知見から見ても納得のいく展開だった)。最近ではマドンナが3月8日の国際女性デーに公開したショートフィルム『Her Story』が話題。
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