垂直落下式サミング

帰ってきたヒトラーの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

帰ってきたヒトラー(2015年製作の映画)
3.7
現代社会を風刺するドイツのベストセラー小説の実写化したブラックコメディ。1944年から現代にタイムスリップしたヒトラー総統は冴えないテレビマンに拾われ、アドルフ・ヒトラーのモノマネ芸人としてテレビ出演を果たし一躍時の人となる。
ヒトラー視点の現代批評とともに物語が進行し、現代に蘇った浦島太郎が繰り広げるジェネレーションギャップコメディが展開する。軍服を初めてクリーニングに出す総統閣下。指を噛んだ犬を撃ち殺す総統閣下。路上アーティストとして似顔絵を描く総統閣下。インターネットに感激し涙する総統閣下。幻の『我が闘争』第三部を書き上げる総統閣下。…と非常に可愛らしい総統を堪能することができる。「なぜポーランドがまだあるんだ!滅ぼせと言っただろ!」だとか「原子力発電は素晴らしい。今すぐプルトニウムを核兵器に転用すべきだ」等々…笑っていいのかわからない刺激的な発言もどこかチャーミングで、物語の登場人物同様に不謹慎なコスプレをしたキュートな中年親父のことを好きになってしまう。
ヒトラーは歴史的な狂人として世間に認知されている反面、元々は画家になりたかったとか、オカルト収集家だったとか、眉唾ものの都市伝説エピソードも含めてこの上なく魅力的な人物なのだ。しかし、映画後半であらわになる彼の優生思想にゾッとさせられる。観客はこの男を少しでも好意的に見ていた自分を愚かしく感じるのだが、物語内のヒトラー旋風は止まらない。物語パートでは自身の後継であるネオナチや右派政党を敵に回しながら、ヒトラーは着実に大衆の心を掴みテレビバライティによる文化侵略作戦を遂行していくのだ。
本作では実際にドッキリカメラを手法で道行く人にヒトラーが質問を投げ掛け、ドイツの人々の右傾化した差別意識をカメラに浮かび上がらせてしまっている。ここで面白いのはヒトラーを演じるオリヴァー・マスッチのアドリブ演技。実際のインタビューシーンでは、一般人との対話の中で、瞬時にヒトラー的思想から導きだした説得力のある返答をヒトラーとして返さなくてはならない。演者として非常に高度なことをやっている。
原作本はヒトラー研究書として優れた読み物だが、今回の映画版ではヒトラー個人の悪魔性によって罪のない大衆が扇動された訳ではなく、ナチス党は選挙で国民によって選ばれ、国民が進んで政策に従ったのだという事実が強調されている。帝国主義もホロコーストも、大衆のなかから沸き上がってきた不満をナチが汲み取っただけに過ぎないのだ。実は誰もがああなることを知っていたし望んでいた。ヒトラーは国民に選ばれて最高指導者の地位に就いたのだという事実に目を背けてはならない。プロパガンダはいつも娯楽の顔をしてやって来るのだ。
総統閣下シリーズでお馴染みの『ヒトラー最後の十二日』くらいは観とくと面白いです。