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帰ってきたヒトラーのkatakanakunのレビュー・感想・評価

帰ってきたヒトラー(2015年製作の映画)
3.7
民主主義教育を受けてきてリベラル寄りだけど、PCの閉塞感も感じているので、僕はとても複雑な気分になった。笑ったし、クールやと思ったし、あかんやんって思った。ナイーブな気分にさせられた。
この映画の製作過程は詳しく知らないけど、かなりメタに作られているのは確かで、それが「異化」なのか、「逃げ」(政治的な保留)なのかはとても微妙だと思った。

やけど、最近のアキカウリスマキ映画を見るよりも、本質的に難民問題について考えられると思う。
僕たちは民主主義に耐えられないし、国家への弁証法はまがい物になってポストモダンに復活している。だから一度キャンセルした思想、哲学ではヘーゲル、政治ならファシズムを再検討しなくては行けない。

「還帰する死者たちだけが、葬いもされずにあまりにも早く、あまりにも深く埋められたものであるということ、」とドゥルーズはフロイトを引いて言った。

弔う為にはまず墓から引きずり出す必要がある。その意味でこの映画は成功していると思う。「徹底操作」しなかった結果としてのalt-rightを本当に潰したいのなら、忌み避けられている墓の中に手を突っ込まなければならない。僕が感じた気持ち悪さはその墓土の湿度なのかもしれない。
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