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パーティで女の子に話しかけるにはのSyoCINEMAのレビュー・感想・評価

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人間というのは、想像する生き物であると同時に、予想する生き物だ。昔、りんごジュースだと思って飲んだらオレンジジュースで、その瞬間とてつもなく不味いものに感じた。普段は好きなものでも、思い込むことで味覚って変わっちゃうのである。

音楽×青春映画には、良作・傑作が多い。「シング・ストリート」や「はじまりのうた」、「君が生きた証」などなど。映画版は未見だけど、漫画の「四月は君の嘘」も好きだし、「20センチュリー・ウーマン」も音楽が重要な作品だ。

で、本作である。まさに音楽×青春映画、そしてエル・ファニング主演。これは見るしかない、そう思って楽しみにしてた。冒頭の「予想」の話になるけど、自分の中ではオサレ映画を大いに期待していたのだ。若干監督が「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」のJ・C・ミッチェルということに引っ掛かりを感じていたものの。。。

そして見て、思ったのは「あ、違った……」という感覚。面白いとか面白くないとかではなく、自分が予想・期待していたものとは確実に違った。「シング・ストリート」を期待していったら、「トレインスポッティング」や「ベルフラワー」だった感じだ。その衝撃と、寂しさみたいなものが僕の中では大きかった。ゲロまみれのキスを、愛せるかどうか。僕にはちょっと難しかった。

作品としての面白さ、あるいは不満点みたいなものは、自分の中にあるけど、まずこの作品が「オサレ映画ではなくアート映画だ」という認識を入れて見ないことには、スタート地点にすら立てていないような気がする。

例えば本作は、
・宇宙人の女の子との恋
・音楽好きなのに演奏できない主人公
・タイムリミット→別れの予感
・当時の英国カルチャー
・悪友
・濃いサブキャラ
的な、いわゆるサブカル映画として大衆受けしそうな要素が十二分に詰まっている。

ただ、それをエンタメとして提示するのは、本作にとって成功なのか?という思いがある。アート映画としては本作は見所抜群だし、監督の作家性もしっかり出ている。冒頭の主人公の部屋のシーンとか最高だし、「キタ!」とアガッた。

なので、サブカルエンタメ映画じゃなかったから不満!ここ直してほしい!みたいなのは、たとえこちらがそう思ったとしても、向こうからしたら「いやそういう映画じゃないんで。。。」ってなる気がするから、やっぱり違うのだなと。

だから本作はすごく難しい。
コアな好きな人を狙い撃ちする作品で、僕は合わなかったというだけだから、本来レビューを書く立場にないのかもしれない。

ただちょっと言いたいのは、本作の売り方だ。日本版の予告とかポスターではオサレ映画のように見せてて、それは観客を映画館に入れるための戦略だろうけど、それは作品にとって正しいことなのだろうか? 渡されたイメージで自分が「予想」してしまって、それを期待して見に行って「違う」と感じてしまった謎の憤りみたいなものは、どこに行くのだろう。
間口の広い映画に見せないとお客さんは入らない、ってのもわかるし、こちらがもっと調べて吟味してから行くべきだったなと反省したけど、消化不良感はまだずっと残っている。久々にこういう「うーん」って感じを味わったから、自分の中でもずっと居心地が良くない。

好きな方も多い作品だと思うからこそ、なんだか誤解されちゃうのはあんまり良くないな、と。