もち米チマキ

メッセージのもち米チマキのレビュー・感想・評価

メッセージ(2016年製作の映画)
4.5
【運命と未知を受け止める愛の物語】

黒いばかうけ(笑)型宇宙船内におけるエイリアンとのファーストコンタクトシーン。
僕の頭をよぎったイメージは
【子供の時に見た動物園の象の姿】
だった。

その姿は動物に使われる「巨大」という表現より、山脈等に使われる「雄大」という表現の似合う力強いスケールで檻の前にそびえ立ってはいるものの、その巨体とは不釣り合いに瞳はつぶらで麗しく、海原の如き秘めたる深能を漂わせていた。

両者の距離を檻によって管理しているのは人間だが、像には空間を支配する全能があるようにも感じた。しかし、その見えない支配は恐ろしいというより畏しく、心地良ささえあったと思う。

きっとそれは、大昔に人々が動物や自然といった異形に神秘を見出し、信仰へと祭り上げて畏敬の念を抱いた際の原初体験と重なるのではないか。

本作のエイリアンの造形や、宇宙船の音響デザインは、欲深い現代文明に住まう我々が本能の内にしまい込み忘れていた、そんな原初体験を思い出させてくれる。

悪夢的なエイリアンの造形は、動物的な生々しさも携えており、クラシカルな重低音のサウンドには、人肌を震わせる内成の響きがあって、見事に人の複雑な深層を掘り当てる洗練されたデザインに仕上がっている。
特に「ナナナナナーッ」の音楽‼︎
電子音と肉声の不思議なハーモニーは、説明出来ないけど本作のテーマを適表していると思うし、単純に面白い‼︎

あと、落合陽一氏が言ってたように、ホワイトボードの意思疎通や鳥かごを使った汚染検知なんかは科学的考証からすればアナログなんだろうけど、映画演出論としては間違いなく正しい演出材料であり、最も監督の裁量が伺える部分だと個人的に思うのだが。だってディスプレーとか使ったら映画的にはかえって何がしたいのか分からなくなるじゃん。文字を描く過程にドラマを置いていると思うのだが。

また、その異形に擦り合わせる遭遇者となる主人公の言語学者ルイーズの人物造形も見事だった。
未知の時間軸から生まれる名状し難いSFチックな喪失感を原動力とする消極的覚悟と、学者としての探究心を原動力とする積極的覚悟が絡み合い、未知に対する理想的な謙虚さを醸成しているのだ。
大抵のSF映画は人物へのこだわりが薄いものの、本作は人間ドラマにしても深いところにまで考え抜かれていると思う。

また、それが前述した美術と同様に、退屈になりがちなプロセスドラマを、永延と鳥肌を持続させる作品に完成させた重要ファクターであったのは言うまでもない。
勿論、これを遺憾なく表現し、鮮やかにSF要素を彼女、観客の内面に落とし込めたのはエイミーアダムスの卓越した演技力の賜物‼︎
特に終盤。それらの未来予知と人類の自由意志を両立させる深い愛情に溢れた佇まいが素晴らしかったです‼︎

そして、シナリオ。
最初のプロローグで本作のベクトルがSFより主人公のドラマを志向することを美しく提示するのだが、中盤のルイーズの台詞がそのまんまブーメランになって突き刺さるというギャグにもなっている笑。その後は、宇宙船の姿が確認できない序盤の世紀末感でSFの世界に誘われ、エイリアンの文字を解析する過程でドラマ色は強まっていくという流れ。

とにかく本作のシナリオの妙は情報開示だろう。【情報→実物】の提供方法はただ観客の好奇心を煽るのではなく、その塩梅は綿密に計算されていたし、かえって主人公らへの共感を高めていた。

また、カメラワークについても同様に禁欲的でありながらも奥行きが深く、シナリオとの相乗効果が成立している。中でも宇宙船に乗り込むシーンがヤバイ‼︎

ただ、中国とかのグローバルギミックはかなり安っぽくて好きになれなかったし、時間軸を超越したラストのクロスカッティングは一工夫欲しかったという終盤への不満が、、、


そんな訳で終盤は好きになれなかったけど
【運命を受け入れる】
【未知を受け入れる】
という現代人が忘れかけていた愛情が美しく絡み合った本作の余韻はなかなか出会えないものだと思う。