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カンフーエリオットのTTのレビュー・感想・評価

カンフーエリオット(2014年製作の映画)
4.0
人間の闇を覗くようなドキュメンタリーだった。それもかなり根深い類の…

カナダの東端に位置するノバスコシア州に住むエリオット・スコットは、カナダ初のアクション・スターを目指し、アクション映画の制作に没頭中。

彼の話によれば、空手歴は20年で、キックボクシングの大会で7度チャンピオンになった経歴を持っている。今までに監督・脚本・主演を務めた2作は、映画祭で脚本賞などいくつかの賞を受賞し、DVDも自主制作映画にも関わらず1万枚売れた。現在は、恋人のリンダと二人三脚で、3作目にあたる『ブラッド・ファイト』の撮影に心血を注いでいるらしい。

この要素だけ取り出すと、アクション映画大好きなボンクラが自らの夢を叶えるために頑張るサクセスストーリーになりそうだが、実際はそうなっていかないんだな、コレが。

このエリオットという男、体型がセス・ローゲンみたいなポッチャリで、格闘技経験者とは到底思えない。いざ空手の型を披露しても、まともな構えすらできない。

劇中で流れるスコットの作品に至っては、完全に“映画ごっこ”。カメラワークや演技は学生映画よりもお粗末で、作品のスケールも爆発のシーンを花火で表現という激安ぶり。

また、エリオットの口から飛び出すのは、「自分には日本人の血が流れている」だの、「格闘技で不良を撃退した」だの、「小さい時に森で遊んでいたら、自分に向かって巨木が倒れてきて、生死の境をさ迷った」だのと、彼の人生だけで長編映画1本作れるくらい出来すぎたものばかり。

ここまで読んできた人なら察しがつくと思うが、エリオットは明らかに虚言癖のある人物だ。誰かに凄いヤツだと評価されたいが、何にも取り柄がないもんだから、自分の周りを嘘で塗り固めて、自らのエゴを満たしている。しかも、あまりに嘘をつきすぎてしまって、当の本人が現実のことだと思い込んでしまっている節があり、それがかなり痛々しい。

じぁ百歩譲って、エリオットは自分が創り上げた虚構の世界に閉じこもっている哀れな男だが、映画に対する愛情だけは人一倍で夢を諦めずに頑張っている人間として同情的に見ようとしても、そんな彼の姿には謙虚さのかけらもない。

アクション映画が大好きで映画制作を始めたという割には、「ジェット・リーの映画も良いけど、やっぱり最高なのはチャック・ノリスだ」とトンチンカンな発言をする。それだけでなく、通っている鍼灸学校の研修で中国に行くことになり「映画制作の参考にするぞ!!」と息巻いてたら、現地へ着くなり女の子をナンパしたり、「僕はカナダのジャッキー・チェンだ」と言って観光客とツーショット写真を撮ったりと、 鍼灸研修や映画撮影そっちのけな行動を繰り返す。

それどころか、制作していた『ブラッド・ファイト』が、途中からポルノまがいなホラー映画へとシフトチェンジ。仕舞いに、エリオットは性転換者のSMパーティーに足を踏み入れたりして、お前何がしたいんだよと言いたくなるくらいのデタラメぶり。

そんな愚かなエリオット以上に、彼の周りにいる人たちに対して、居たたまれない気持ちになる。彼の恋人兼カメラマンである中国系の女性リンダは、12年連れ添った前夫と別れ、今はヒモ同然の生活をしているエリオットを経済面と映画制作の面でも全力でサポートしているからか、顔が実年齢以上に老けており(政治家の小沢一郎に激似)、まさに悲哀を全身に纏っているような様相。そんな彼女も、エリオットに才能がないのは、はなからわかってるのに、彼を愛しているため献身的に支える。まるで、エリオットに自分の未来を賭けているかのよう。

また、40歳過ぎても芽が出ない俳優のブレイクは、エリオットがアクションスターになることを信じており、どこまでも彼に付いていこうとする姿には、憐れみと同時に愚かささえ感じる。

この映画を観ていて連想したのは、佐村河内守だった。報道によると、昔から彼の虚言癖は酷かったらしく、“元広島の暴走族総長”や“極真空手初段”という嘘のプロフィールで歌手デビューしようとした。そして、劇場用映画の作曲を依頼された左村河内は、ゴーストライターとなる新垣隆と出会ったことから、虚言に拍車をかかり、最終的には自らを現代のベートーベンとして祭り上げた。

ただ、左村河内は新垣という天才に出会ったことで世界的な知名度を手にすることができたのに対し、エリオットの周りはリンダやブレイク、そして地元のプア・ホワイトみたいな人たちしかいない。エリオットは、彼らに嘘をついてまで「俺はスゴイ人間なんだ」と誇示し、それで満足して終わっている。エリオットにとって映画制作は、その場限りの優越感に浸るためだけの活動であり、本当にアクションスターになるつもりはなかったのかもしれない。

終盤は、そんな見下げ果てたエリオットの嘘と本性が段々と露呈していくのだが、もうこれがシャレにならなすぎて、全然笑えない。むしろ悲惨過ぎて、凍りついた。

ちなみに、このドキュメンタリーが完成した後、エリオットは中国の映画業界で働いているという噂が流れたそうな……嘘に決まってんだろ。
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