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ぼくのエリ 200歳の少女のKYのレビュー・感想・評価

ぼくのエリ 200歳の少女(2008年製作の映画)
3.8
トーマス・アレフレッドソン監督作。スウェーデン映画。『ぼく』はいじめられっ子で隣に越してきた『エリ』は吸血鬼。という設定だった。

このやけに可愛らしい邦題はボケ味の強いレンズでのフォーカス送りの演出がやたら多い『オシャレ映画ですよ!』という事を強調するためのものだろうか。

実際北欧だけあって、マンションなのに大学キャンパスの様な空洞を真ん中に作った建築やら、現代美術館のカフェスペースみたいな教室やら、グレーの空に雪景色などオシャレだった。スウェーデンとしてのアドヴァンテージは大きい。さすがSpotify、H&M、IKEAの国。

ストーリーは見た目少女の吸血鬼エリが保護者のおっさんと一緒に引っ越してきたけど血が足りずおっさんをやむなく殺す。そんな時に12歳の主人公と出会い二人は恋をする。主人公は一度エリの真実を知ってドン引きするも、いじめっ子から守ってもらったので一緒に生きる事を選んで終幕。という内容。

原題は『正しき人を入らしむ』という意味らしく、吸血鬼は招かれない限りその家に入れないという意味で、吸血鬼は太陽の下で生きられず保護者を必要とするという事らしい。

もちろん吸血鬼なんて変態と一緒に過ごすためには理由がいる。その為エリは守ってもらうなら男という選択で、去勢して女の容姿になる事を選んだのだろう。(去勢跡をわざわざ見せるシーンはロリータヌードの為ディフォーカスがかかってたけど)

しかも主人公はいじめられっ子なので人間より強い吸血鬼なら守ってあげる事も可能なのだ。ウィンウィンである。

やはり見所はラストの主人公が箱に入れたエリとともに列車で逃避行するバッドエンドだろう。一見二人の永遠の愛を描いてる風にも見えるが、この映画は円環構造になっていると気づきゾッとした。そう、主人公は年をとるのだ。

最初にエリと住んでいたおっさんは元少年でエリと逃避行を続けてきたのであろう。すなわち主人公は将来おっさんになったらエリに殺されるのだ。そしてエリは新たな少年を見つけるのだ。なぜ少年なのかって、それは単純に見た目同年代なのでエリと恋に落ちやすい事、長い年数保護してくれる事が理由だ。

そんな怖い共存の内容の映画なのだが、ベタな純愛と安いホラーで物語を展開させすぎてたり、いじめっ子が記号的だったり、いじめっ子の復讐が妙に不良漫画的な兄による復讐だったり、オシャレ映画に見せながら猫のCGが不自然きわまりなかったりで、見てる間『この映画ラストヤバそう』という予感を全くさせてくれない。

ダラダラ見てたら『ただのいじめられっ子と吸血鬼のボーイミーツガール映画だった』と素通りされかねない映画とも思える。