朱音

葛城事件の朱音のネタバレレビュー・内容・結末

葛城事件(2016年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

キャラクター造形が恐ろしい程にリアル。
何所にでも居そうな人間の、誰にでもありそうな歪み、傲慢や独善、臆病や卑屈な感情がひとつの家の中でゆっくりと時間をかけて縺れてゆく。
気が付いた時には取り返しのつかない程にグチャグチャに絡まってしまっている様は悍ましくも滑稽で、哀しい。

全てのシーンに何処かで目にしたような、自分の経験の中に思い当たる節があるような、強烈な既視感が纏わりついて、不快でいたたまれなくなる。
時系列をシャッフルしていたり、キャラクターの思惑などを説明しない、いわゆる行間を読むタイプの作劇だが、視点は常に客観的であり、演出における印象のコントロールが抜群に上手く非常に理解しやすい。
その場のなんだかイヤな「空気」を肌で感じさせる絵作りや編集が素晴らしいと感じた。おかげで嫌な場面が、嫌と言うほど印象に焼き付けられている。

地下鉄通路での次男稔が起こした事件のシーン、いったん別の人物に注意を向け、その人物の視点でリュックから刃物を取り出し構内へと向かってゆく稔を捉え、そのままいち目撃者の視点で凶行を目の当たりにする。
この一連のシーンの、生々しさ、目の前で起きたことを、不意に見てしまったというこの感覚が、他のどんなエモーショナルなバイオレンス映画よりも強烈に暴力の理不尽を感じさせる。

また、長男保が仕事(のふり)に出掛ける際に、玄関で靴を履く姿を背中から捉えたショットが、自殺をする日の朝にも同じ構図で映される。
この時の陰影の濃さや、スーツなどの色味を落とし、人物が静止して動かないなど演出によって全く別の印象を、生気の抜けた人間であることをこのワンショットで表現していて素晴らしかった。


キャスティングは完璧。三浦友和をはじめ皆がベストアクト級のリアルで実存感のある人物たちを演じており、個人的には新井浩文の演じる保のキャラクターに他人とは思えないシンパシーを感じてしまった。
田中麗奈の演じた死刑制度反対を訴えて稔と獄中結婚した星野というキャラクターはこの一家を外から見る第三者であると同時に、彼女自身にも強烈な欺瞞や独善、あるいは依存を抱えた人物で、とても興味深い。
また、こういう人、けっこう居そう感が半端ない。田中麗奈というキャスティングがこの上なく絶妙で見事。


わたしにとって心に残る1本となりそう、素晴らしい傑作!
朱音

朱音