あゆぞう

走れ、絶望に追いつかれない速さでのあゆぞうのレビュー・感想・評価

3.9
土曜日、伯母から電話が

僕の弟に、亡くなった従兄(伯母の長男にあたる)が借りていたレコードを返したいのだけれど、どれかわからないので教えて欲しいとのこと

従兄は東京の大学を卒業すると、長男ということもあって生まれ故郷に帰って就職をした

従兄がまだ東京にいる頃、高校生だった僕は春休みに上京して彼の部屋にしばらく住まわせてもらった

適度に品があって楚々として美しくて華奢で、紺色のワンピースがよく似合う彼女を紹介してくれた

彼がその気になれば郷里に連れ帰って結婚することもできる関係だったし、一緒に帰郷して彼女を両親に会わせてもいたのだけれど、彼女をあんな田舎に住まわせたくないと言って最終的には別れを選んだ

従兄は音楽と本をこよなく愛し、田舎のさらに片田舎に、家族の理解を得て蔵書と音楽を聴くための自分だけの小さな家を借りていた

従兄が東京に出て来るたび、立場変わって東京に住んでいる僕は、馴染みのレコード屋で掘り出し物を見つけてご満悦の彼と渋谷で待ち合わせをした

アルコールをさほど好まない従兄だったので、コーヒーを飲みながら、何時間も語り合った

3年前の冬、神戸と大阪で仕事があった僕は社用車で向かい、二週間ほど滞在した

うち何日かオフの日があり、ここまで来たのだし、そこそこ積雪してはいるけれど、従兄の家まで足を伸ばそうと思い立って彼に電話をした

従兄は快諾してくれたのだけれど、社用車担当の手違いで冬タイヤに換装していないことがわかり、チェーンを積んでなかったこともあって、やはり行けないと連絡をした

「お袋とご飯は何にしようか相談していたんだけどしょうがないね、また今度来なよ」

これが僕に向けられた従兄の最後の言葉になった

その一ヵ月後、営業先で倒れた従兄はドクターヘリで病院に搬送されたまま還らぬ人となった

従兄の言った「今度」は想像しなかった類いの「今度」になってしまった

訃報を聞いてすぐに飛行機に飛び乗り、柩の中の穏やかな面持ちの彼と再会し、通夜、告別式、火葬と立ち会ったけれど現実感がまるで沸いてこなかった

泣けるわけがなかった

葬儀の日は雨で、セレモニーホールの軒下、傘の下でタバコを吸いながら、従兄が生きていれば二人並んでタバコを吸っていたに違いないと思った時に、ほんの少しだけ従兄の死を受け入れたという具合だった



僕らいとこ世代は十歳くらいの違いで(育った)四世帯に七人いるのだけれど、従兄を除く皆が郷里を離れて海外赴任か東京在住

年老いた僕らの親の世代の面倒を従兄が一手に引き受けてくれていたこともあって、親族の喪失感は特別なものだった


先週、彼の妹である従姉の誕生日をLINEで祝ったばかりで、翌週、伯母から電話があった日に自らの命を絶った友人を悼むこの映画を見ていたわけで、予定調和ってこういうことなのかな、と

結局、従兄の死因は不明のまま

死に至る経緯は異なるものの、従兄と友人を喪った僕と太賀演じる主人公のやり切れなさは同質のものなんじゃないかと思えた

従兄のFacebookは今でもそのままで、彼を喪った実感がしないというか、そばにいてくれている気がするというか、なんとも不思議な感覚のままでいる

幸い僕は、絶望に追いつかれないギリギリの速さでなんとか走れているのだなと思えた