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正しい日 間違えた日のumisodachiのレビュー・感想・評価

正しい日 間違えた日(2015年製作の映画)
3.1
ホン・サンス監督の作品は、『気まぐれな唇』を観たことがあった気がするが、ほとんど初めて。

上映会と講演のために水原にやってきた映画監督。伝達ミスで1日早く到着してしまった彼は、観光名所で時間をつぶすことにする。そして、そこで魅力的な女性に出会い声をかける……。運命的に惹かれ合う2人の男女が辿る、2パターンの行動を描いた作品。前半と後半でほぼ同じ時間軸が描かれるが、2人の行動の差が、2人の関係にも大きな差を及ぼしていく。

正直、あまり気分の良い映画ではない。男の身勝手な妄想と断罪してしまいたい気分になるし、ホン・サンス監督と主演のキム・ミニの関係を知っていると、「単なる自分たちの願望じゃん」と思いたくもなってくる。ただ悔しいのは、そう言い捨てられないほどに繊細な感情も確かに描かれていたという点だ。

そもそも恋愛感情というのは身勝手でコントロールが効かないものなわけで。年齢を重ねるにつれ、パートナーがいるからとか、住んでいる場所が違うから、とか色々な事情で心の中で押し込めることが多くなるだけで、惹かれてしまうこと自体を止めることはできない。まあ、常識的な大人はその気持ちを表明したり行動に移したりしないわけだけれど。

誰かに強く惹かれたとき、相手も同じ気持ちなのかを確かめたくなるというのは、ごく普通の感情だ。「あのとき、あの人はどう思っていたんだろう」と過去に想いを馳せる人だっているだろう。人間が成長する上で、特に重要な経験はいくつもあるが、そのうちのひとつが「好きな相手に好かれる」という体験だと思う。自分が心から好きになった人に、自分を好きになってもらう。たった一度でもいい。この経験があるかないかで人生は大きく変わってくるのではないだろうか。最も尊いのは誰かと愛を育むことだが、誰かと気持ちが通じ合うというその瞬間だけで、満たされる想いもある。『正しい日 間違えた日』は、大人になったら、敢えて避けて通るその瞬間を照らし出した作品だ。

気持ちが通じた"あの日"と、気持ちが通じなかった"あの日"。ただ、本作に出てくる2人は、よくあるラブストーリーみたいに一目で恋に落ちるわけではない。言ってしまえばナンパから始まる関係なわけで、軽薄さもあれば下心も隠しきれていない。その上で彼らがどう心を通わせていくのか、はたまた閉ざしていくのか。

「こんなものは、男が描いたファンタジーにすぎない」と最初は思った。男女を逆にしたら、女の妄想!と切り捨てられるに違いないじゃないか、と。男の態度や発言が女をバカにしているようで、イライラもした(もしかしたら、これは訳の問題もあったかもしれないが)。でも、後半を観たいくうちに、ああこの映画は確かに"恋"を描いているなと感じざるを得なかった。大人になるにつれて、手が届かなくなっていく、いや、自制して手を伸ばそうとしなくなる"恋"のある瞬間。あまりロマンチックではないし、エキサイティングでもないけれど、その代わりリアルで手ごたえがある"恋"。下手にエロティックな映画なんかよりもずっと生々しい感情がスクリーンに映し出されていて、見入ってしまった。

あんな軽薄な男、ハッキリ言って大っ嫌いだ。でも、私はこの映画を否定することはできない。悔しいけれど、ホン・サンスは確かに世界の一部を照らし出していた。



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