MasahiroOhta

ヤクザと憲法のMasahiroOhtaのレビュー・感想・評価

ヤクザと憲法(2015年製作の映画)
3.6
ポレポレ東中野で鑑賞。
平日の1回目にも拘らず立ち見出てた。
この手のドキュメンタリーって、同じFNS系列であるフジテレビの「ザ・ノンフィクション」で見慣れているものなので、「そういうところから果たしてどこまで踏み込めるのか」という観点で観た。

この作品も尺の違いはあれ、局制作のテレビ番組という点は何も変わらない。
しかしこの作品は徹底して「何も知らない第三者」という立ち位置を崩さずに作れてるなーと思った。
スクリーンに映るのは、一部を除いて徹底的に卑近な、ザ・日常であり、やれ出入りだの、やれ指詰めだのといった分かりやすいヤクザ的なシーンはほとんどない。
が、日常と地続きなグレーさはしっかり垣間見せている。そういう細かいシノギで食いつないでいる、というのが指定暴力団の二次団体の現状であることよく分かる。
そんな些細なグレーな部分を、テレビのディレクターが「何も知らない第三者」としてイチイチ突っ込むところがワリとヒヤヒヤするんだけど、丁寧だなーと思った。

しかし、こうした団体に、いくら抑圧されていた過去があるにしても、暴走族や半グレなどを経由せずに加入する若者がいるのは驚いた。
最後に会長の言う「(ヤクザ辞めたとして)一体誰が我々を受け入れてくれるんだ」という一言が全てなんだろうなぁ。
いくら暴対法で締め付けても、やむにやまれずこうした組織に身を置く人がゼロにならないのはそうした需要があるからで、需要とはつまり、「行き場のない人からの需要」と「やりたくない仕事をやってもらいたがる人の需要」だ。
いくら義理人情に厚いとはいっても、そこにはれっきとした理由や計算がある。