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ヤクザと憲法のkimaguremovieのレビュー・感想・評価

ヤクザと憲法(2015年製作の映画)
3.7
秀逸なジャーナリズムとは正確な事実と優れた論評の両者が揃うことが条件、ではありません。踏み込むことが困難な地に踏み込み、積み上げた事実を冷静に伝える事自体が秀逸なジャーナリズムになる、それを体現したものがこれだと思います。映画としても、こういうものがあっていいと思います。

本物の暴力団事務所で、本物の暴力団を撮影し続けることは、それ自体大変な事です。脚色なく、暴力団の現実を伝えていました。いわゆる暴力団はもはや衰退産業なのですね。また、組員の本音も所々引き出していました。事実を伝えることで、かえって様々な問題意識を突きつけてきました。

『暴力団は悪者。だから人権なんて要らない』という権力側の意思を伝えていたと思います。そして、誰もが、ちょっとした人生のアヤでそのような扱いをされる側になるかもしれないのですよ…とまで言ってるように感じました。

こういう問題ではよく『その扱いが嫌なら、ならなきゃいい』という意見が出ます。個人としては思うように過ごせば良いですし、それは尊重されると思います。ただ、人の価値観は多様ですし、なにより多くの場合、人生や世の中は自分の思う通りにならないもの。実際、ハンドル操作の誤りひとつで誰でも前科持ちになれます。

そういう色んな異端に対し、ステレオタイプに切り捨てる、どこまでもとことん切り捨てるのが日本社会のあるべき姿なのか、を問うているようにも感じました。

少し違いますが、冷戦時代、米国で捕まえたソ連スパイに対し、世間の死刑にすべきだとの風潮の中で、憲法とルールを守る事が米国であるとして、世間の袋叩きにあいながらもスパイを弁護した弁護士がヒーロー役の話があります(上映中のブリッジオブスパイ)。これを思い出しました。
社会や我が国は、何によって立つべきなのか。実際にどこまで行動出来るかは別としても、なるべくいつも考えておきたいものです。その時の風潮に流されないためにも。

そういう意味では、どこか抜けてる感が非常に強い21歳の部屋住みが、『誰でも嫌いなやつがいる。でも嫌いなやつがいる社会がいい』と言った趣旨のコメントは印象的でした。

と、書きながら、暴力団を擁護しているようにも見える自分に戸惑っていたりもします。彼らは抜け目なく弱みに付け込み、違法行為を非とはせず、暴力も厭わないような反社会的勢力であることも事実です。綺麗事を言えば、絶滅してくれればいい。ですから、暴力団排除という方向性は誤りではないと思ってもいますので。

例えばこんな感じで、鑑賞した人それぞれに様々な想いを抱かせる、そんな映画でした。