ヤクザと憲法のネタバレレビュー・内容・結末

ヤクザと憲法2015年製作の映画)

上映日:2016年01月02日

製作国:

上映時間:96分

3.8

あらすじ

「ヤクザと憲法」に投稿されたネタバレ・内容・結末

大学の授業で観た、東海テレビが制作したドキュメンタリーがとても面白くて、これを観たんだけど、とてつもなく面白かった。

ヤクザのイメージを覆す、というか、色んな側面がよくわかるドキュメンタリー映画。実はずっと気になってた。彼らはどのように生きているんだろう。なぜ、その世界を選んだのだろう、と、ずっと疑問に思ってた。けれど、観ていて、少しわかる気がした。

面白いのが、テレビとかで印象付けられたイメージとだいぶ違う。「貰ったんですよねー」とかいって折りたたみテント置いてあったり、システマチックな経営をやっていたり、温かい雰囲気があったり。「テレビの見過ぎだよ!」って組員が言ってたけど、確かにかなり違う。テレビの前だからある程度は雰囲気が変わるだろうけど、にしても驚いた。

核となるのは、ヤクザは憲法十四条における人権の保護に適応されていないのではないか。果たしてヤクザに人権はあるのか、ということなのだけれど、「色々あるよなあ」と思ったり。

そもそも、ヤクザや暴力団という存在は反社会勢力として認知されているが、実は社会にはみ出た者の受け皿として機能している。家族という形を形成することで、社会からドロップアウトしてしまった者、ドロップアウトせざるを得なかった者の生きる場所を与えている。言ってしまえば、オルタナティブな共同体として機能しているんだ。イメージはだいぶ違うけど、是枝監督の『万引き家族』における共同体性とさほど変わんない一面がある。
21歳の組員が「学校でも、気にくわない人は排除されるけど、その人たちだって、いてもいいようになった方がいい」と話してるのが印象的だった。

そこに排除の構図が出来上がる。保険に入れないとか、銀行に口座を作れないとか、葬儀場なんて借りれない、みたいな話が出てて、第三者側からすれば「そりゃそうだ」なんだけど、当事者からすればたまったもんじゃないよね。警察もどうにか検挙するために動くので、自ずと揚げ足を取られるような生活になる。山之内弁護士も大変だ…。

確かに、治安の面でヤクザは地域における脅威になるのだけれど、ただ潰すだけでは、その人たちの生きる術を潰すことになってしまう。代わりの受け皿が無さすぎるということ。前に読んだ『彼女たちのワリキリ』という本にもあったけれど、売春や違法薬物など法に関わる問題を根絶するにも、その人たちが生きる受け皿を社会が用意しないといけない。が、それが見つからないから、ドロップアウトが連鎖してしまう。
社会の中でドロップアウトすることになったのに、法も憲法も保護してくれない。その状況を作り出しているのは、紛れもないこの社会。「人権は守られるべきだが、反社会勢力は排除されるべき」という矛盾がそこにあった。
暴対法にやられている側の取材なので、そうじゃない方の本音の言い分を聞かないと何とも言えない部分はあれど、この映像を見ただけやと体制側のやり口がひどいなぁ、と。

部屋住みの彼が、「今のやり方やと、学校で風変わりな奴がおったら、いじめてええことになる。気に食わん奴おってもお互いに我慢しながらおれる社会がええ社会やと思う。」っていうような旨のことを言ってたのが印象的で、共感できる部分があった。
素晴らしいドキュメンタリー。今観ないと意味がない。変な話、就職市場における価値が下がったことが、今の(表面的かもしれないけど)衰退に繋がっているような気がする。新入りを息子のように可愛がるおじさんは「お前がしっかりしてくれないと、面白くないんだよ」と言うけれど、どこまで伝わっているのだろうか。色んな切り口はあるけれど、世代間のディスコミュニケーションという、ある種普遍的なテーマであると感じた。
東海テレビのドキュメンタリー映画シリーズ。
ヤクザの事務所に取材するという衝撃。
ヤクザ側の視点だからというのもあるんだろうけど、意外とみんな気のいいおじさんに見える。
警察の家宅捜査の場面はどっちがヤクザか分からん。
ヤクザしかやっていけない、辞めても受け入れてくれる場所がない、だけどヤクザの人権を制限する、というのは確かに矛盾だよなあ。遣る瀬無い。
台詞が聞き取れない。なんの話題を話してるのか分からないところも多い。ガチドキュメンタリーですな。
組長が映画最後に言う「どこが受け入れてくれんの?」がすべてを物語る。

ヤクザが裏社会で幅を効かせていたのも今は昔。ヤクザは表社会に引っ張り出され、幼稚園、銀行、宅急便等、普通のサービスを受けれないようにガンジガラメ。

ヤクザになる若者というと暴走族や不良少年だったりすると思っていたが、本作では引きこもりっぽい若者しか出てこない。昔のドロップアウト(不良)と今のドロップアウト(引きこもり)が変わっているのだなと思った。


上映後、本作監督のトークショーがあり、とても面白かった。

監督が本作に絶対入れたかったシーンは21歳の若い子がインタビューで語る「嫌なヤツと嫌なヤツがぶつぶつ言いながらもお互い居場所があるのが良い社会だと思う。」のシーンだったらしい。確かにこの映画ではヤクザ(嫌なヤツ)は存在を抹消されつつあり、若い人のコメントは印象的な暗示になっている。

あと興味深い話だったのが、東海テレビのドキュメンタリー部門?というところは局内の落ちこぼれ達(そういうニュアンスのことを言っていた)の受け皿的な面があるらしい。一般的にテレビ局の優秀な人というのは処理能力が高い人らしい(どこの会社も似たようなものか)。
高い処理能力を誇らない人達が流れ流れてドキュメンタリー部門にやってきており、ここしか生き残る場所は無いと背水の陣で取り組んでいる、といったことをおっしゃられていた。
自分はこの話を聞いて体が震えた。処理能力がどうたらこうたらはよくわかんないけど、東海テレビドキュメンタリーの面白さはガチである。実際劇場には普段よりも人が入っている。処理能力の高さがすべてでは無いと証明してくれており、昭和の野球漫画(キャプテンとか)を見た時に似た興奮を覚えた(弱小校が強豪校に勝つ的な)。あ、勿論自分は処理能力低いので会社では冷や汗でグショグショですよ(^-^)。

ドキュメンタリーの作り方として、結論を決めずにとりあえず映像を撮り続けて、貯まってきたところで、あれこれどういうことだ?とかチームで頭を捻ってまとめていくらしく、正に「生き物」のドキュメンタリーなのだなと思った。

組長が道路の傷ついた鳥を助けるシーンがあったらしいが、編集マンの判断でカットされたらしい。そのシーンがあったら胡散臭くなりそう(笑)。

顧問弁護士の人はその後、作家になられたそうです。

DVD化は無いそうです。(ヤクザ屋さんに儲けのために製作したわけではないと説明しているため、とのこと。エライ!)
続編も無いそうです。

取材のヤクザ屋さんは作家、ライターのツテで出会ったそうです。(名古屋の大手ヤクザ屋さんにはコンプライアンス上の理由で取材を断られたらしい。)

TV放映、映画化に際して色々ヤクザ屋さん、警察屋さんでゴタゴタもめたらしい。どちらも面子、プライドを重要視していると思うので、よくぞ公開してくれたと思います。

最後に序盤の大阪新世界にて御飯やさんに組長が入るシーンがあるが、その御飯やさんのおばちゃん、西川きよしに似すぎ!
3手ブレで酔うし、言葉も聞き取りづらいけど、とても興味深い。知らないから。
拳銃なんてあるわけないと嘘つくところに笑った。あと、「清勇会!」って電話とるとこ。芝居じゃそんなことあるか、と言われそうなことが往々にしてある。
2017/01/09
現代ヤクザのドキュメント

暴排法は違憲なのでは?
今やヤクザは社会的弱者
古き良き顔役の功績考えると、今の方が不健全な気がする、けど
あるいはもうヤクザが必要な時代はとうに終わってるのか?
なにやら色々考えさせられる東海テレビのドキュメント映画
序盤はヤクザの日常を覗く興味で見てましたが、後半は特にヒリヒリした胃が痛い展開に。言いがかりみたいなことで逮捕されたり、弁護士資格が剥奪されたり、日本にこんなことがあるんだ…と単純に驚きました。戦時中じゃあるまいし。この法律が市民を守っているのもわかるけど、排除された人たちは「どこで受け入れてくれる?」んだろう。
題名からするとヤクザと憲法?なんでこのタイトル?って思ってしまうけど、最後まで見るとようやくその理由が分かるようになってる。
憲法では一応全ての人は職業、出身で差別されることはない。となってるけど、この作品を見ていくと最近の暴対法の規制強化でヤクザは普通の生活が送れなくなっていることに段々と気づかされる。
果たして悪だから全て排除されるべきなのか?必要悪は存在するんじゃないか?と悩まされる。
セーフティーネットとして役割をある意味果たしてきたこの業界、これから先どうなってくるのか注視するべきだと思う。
桜田門の国家公認ヤクザを舐めると弁護士でも資格剥奪されて実刑食らいます…怖すぎ。
ヤクザには人権はないのか。
最後の一言が重い。

「ヤクザは認めんちゅうことやろ、暴力団や言うて。
本当に認めんねやったら全部なくしたらええ。
選挙権も剥奪したらええ。
まともな仕事もしたらあかんっちゅうねん。」

「(ヤクザをやめたら)誰が受け入れてくれる?」

この組は覚せい剤と児童ポルノとノミを資金源としているそうで、悪です。

でも、銀行口座も作れず保険にも入れず子供は通園もできない。
選挙権しか許されていないのか。。と考えさせられてしまった。
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