ハドソン川の奇跡のネタバレレビュー・内容・結末

ハドソン川の奇跡2016年製作の映画)

Sully

上映日:2016年09月24日

製作国:

上映時間:96分

3.9

あらすじ

2009年1月15日、極寒のニューヨーク。160万人が住むマンハッタン上空850メートルで突如起こった航空機事故。全エンジン完全停止。制御不能。機長は高速で墜落する70トンの機体を必死に制御し、目の前のハドソン川に着水させ乗員乗客155名全員無事に生還させる。着水後も浸水する機内から乗客の避難を指揮した機長は国民的英雄として称賛される。だがその裏側では彼の判断をめぐり国家運輸安全委員会の厳しい追…

2009年1月15日、極寒のニューヨーク。160万人が住むマンハッタン上空850メートルで突如起こった航空機事故。全エンジン完全停止。制御不能。機長は高速で墜落する70トンの機体を必死に制御し、目の前のハドソン川に着水させ乗員乗客155名全員無事に生還させる。着水後も浸水する機内から乗客の避難を指揮した機長は国民的英雄として称賛される。だがその裏側では彼の判断をめぐり国家運輸安全委員会の厳しい追及が行われてた…。

「ハドソン川の奇跡」に投稿されたネタバレ・内容・結末

調子に乗って書いたら何らかの期末レポートみたいになってしまった(いつか流用するまである)。要するに傑作だったと思います。

 主人公の想像や夢の中に現れる「ニューヨークの高層ビルに飛行機が突っ込む事故」のイメージや、「ニューヨークでこんな良いニュースは久しぶりだ。特に飛行機関連ではね。」というセリフからうかがえるように、本作は明らかに9.11を意識している。そして本作での問題は、「過去の出来事について真実を語ることができるのは誰か」ということに他ならない。
 9.11においては、誰もが一度は見てしまったことがあるであろう、あの決定的瞬間をとらえた例の映像が何よりも説得力を持って事件の“真実”を伝えてきた。繰り返し流されたあの映像とそれに続く「テロとの戦い」を標榜した戦争という展開は、ほとんど『インデペンデンス・デイ』といったコテコテのハリウッド映画のようだったとしばしば指摘される。センセーショナルな映像を流すメディアと、ハリウッド的な物語の文法に従うアメリカ政府によって事件の“真実”が形成され、現実がまるで映画(あるいはビデオゲーム)のようになってしまった、というのが9.11という事件の一面であったといえる。(このあたりは、大塚英志『サブカルチャー反戦論』『キャラクター小説の作り方』参照)
 このような文脈で見れば、本作は9.11以降の映画(あるいはビデオゲーム)のように感じられるようになってしまった現実を、生身の人間が生きる場として回復するための試みであるといえよう。本作では、特権的に真実を語ることができる者は存在しない。バードストライクから着水まで208秒という短さゆえに、マスメディアは9.11の時とは違って決定的な瞬間を捉えることはできないし、一見客観的に見える飛行データやシミュレーションにも誤りが見つかる(この場面では「現実はビデオゲームではない」という示唆的なセリフがある)。最終的にその正しさが証明されたように見える機長も、ラストで自らその特権的役割を否定する発言をする。(物語の終盤で、彼の妻が機長も犠牲者でありえた155人のうちの1人であったことに気づいたと述べるのも興味深い。)あらゆる関係者は、結局のところ、過去の出来事の“真実”について部分的な記憶や記録を持っているに過ぎない。
 本作における事故の回想シーンは、そのような部分的な真実を少しずつ集積することによって“真実”に迫ろうとする試みとして理解できる。ここでは、様々な関係者の視点を追加しながら、同じ事故の場面が少しずつ違うやり方で何度も語りなおされる。例えば、管制塔の視点を大きく取り入れたバージョンでは、通信途絶から着水直前まで機内の様子は映されない。このような、それぞれの関係者が知りうることが部分にすぎないという意識は回想シーンを通して頻繁に見ることができる。
 このように、一方で過去の出来事を完全に再構成することの不可能性を了解しながら、他方わかり易い英雄的な物語に陥ることもなく、一人ひとりの人間が持っている記憶と記録の集積によって少しでも“真実”に近づこうとすることが、映画でもビデオゲームでもない生きた現実を取り戻すための手段なのではないか。このような見方をすれば、エンディングで実際の機長夫妻と乗客が再開する映像を背景に「155は数字にすぎないがその一人ひとりに顔がある」と語られたことが、単なる感動実話演出以上の意味を持っているように思えてくる。
 ある意味ではもどかしいようなゆっくりとした“真実”への歩みを、法廷サスペンス的プロットと丁寧な人間性の描写によって全く飽きないエンターテイメントに仕上げたというバランス感覚まで含めて、本作は傑作以外の何物でもないと思う。
実話だからリアル!すごい技術だった。
調査委員会がシミュレーションして機長を責めるところも考えさせられた。実際はシミュレーションのようにうまくはいかない。
実話!エンディングで実際の写真とか映像が流れて、より感動した!
2016年。原題"Sully"。2009年1月、NYのマンハッタン上空で、航空機が全エンジン完全停止に陥る。機長はとっさの判断でハドソン川に着水させ、乗客と乗員155名を全員無事に生還させ、国民的英雄として賞賛される。しかし彼と副操縦士は国家運輸安全委員会からの厳しい追及を受けることになる。事故前、ジェフリーがサリーに「あんたの安全保障専門家サイトみたいなハッタリは見たことがない」と冗談交じりに言うのにドキッとする。役人たちが示すデータとサリーたちの体感した「あの瞬間」の齟齬を提示する手さばきが巧み。
エンドロールの実際の映像で泣ける。
155はただの数字じゃないというセリフ、
心にぐっときました。

英雄や何か注目を浴びる人やモノがあると
必ず何か反論があるのは妬みなのかなと思ったり。
素直に喜んだり祝福できる人になりたいですね。
機長の人柄、苦悩と功績「こうであった」という解釈をここまで繊細に簡潔に描き出されるのかという凄まじさ。
終盤の「僕は今とても誇らしい」のひとことで、すべて抉り出されて整理され、消化されるあの一瞬のワンシーン、なみだ…。

機長たちが奮闘する操縦室を描きつつ、バックで客室乗務員の女性2人のstaydown!staydown!が聴こえてくるあの感じ。ただ圧倒的な恐怖を掻き立てるのではなく、あの状況下で機械的な、パワフルな人間の女性のステイダウン!の威力が、すごく伝わる。

乗客視点を描き過ぎず、省略し過ぎず、ほのぼのゴルフファミリーの圧倒的癒しもあり、バランスがとても良く。

いやーいい映画だった…となってるところで、実際の乗務員や乗客、機長の映像が流れるのでまた泣く。これアメリカンスナイパーでも似たような演出あったのにノーガードだった~!となり、なみだ…。

ノンフィクションの正解のない不気味さ、ホラー系ノンフィクションはチェンジリングで描かれてましたが、より静けさのある作品でとりわけ敵意ある他者もいなくって、いいですね。
借りたいときに借りられていて、やっと鑑賞!笑

冒頭の衝撃的なシーンからはじまり、終盤まで回想シーンが何度も織り込まれていることからサリーがいかにこの事故に囚われているかが伺える。

離陸から着水までがわずか5分の出来事。155名の生死に関わる重圧のなか、秒単位の世界で冷静迅速かつ機転の利いた判断を見せるが、彼は個ではなくチームワークだという。

立証されていく過程でモヤモヤが晴れていくカタルシスあり。
「人為的ミスを探すのであれば、人的要因の考慮を」と核心をついた一言で場が動きはじめる。

とにかくサリーの人間性に心打たれた。
やっぱトムハンクスって良い役演じるよね!

英語字幕で2度目の視聴

ハドソン川に不時着するシーンは迫力ある
( °_° )

トム・ハンクスの演技も(*´꒳`*)ヨキヨキ

みんなでみんなを助け合うのって
゚:*。(*゚д゚)ステキ*:゚ですね

終わり方もよし!
最後のジョークが良かった覚えてないけど
最善の策だったという自信と、批判される苦悩と葛藤。
現実とシミュレーションは違う。
空港に戻るのは不可能だったって証明した後に音声データを聞いた時は感動した。心の掴み方が上手い。
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