YasujiOshiba

三人の兄弟のYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

三人の兄弟(1981年製作の映画)
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イタリア版DVD(Surf Video)。トルナトーレ祭りの番外編。シチリアの監督も敬愛するナポリのマエストロ、フランチェスコ・ロージの未公開作品だけど、これはすごい。個人的には今年で心打たれたかも知れない。

ただし未公開だから邦題はない。原題の「Tre fratelli」は「三人の兄弟」でよいのだけど、どうしてこの名作が公開されないのか。せめてBDかDVD、あるいは配信でみんなに見てもらえないものか。ロージの作品のなかで一番ぐっと来たかもしれない。

脚本はトニーノ・グエッラとロージ。プラトーノフの短編「三男」から自由に着想したものだという。これは岩波文庫の作品集に入ってるみたいで、おもわずクリック、後で読むことに。

それにしてもグエッラがからむと、これほど美しい話になるのか。なんといっても自然と動物がよい。ネズミから始まり、祖母の幽霊とともにウサギが見事な演技を見せたかと思うと、祖父の黒犬が見事な案内役を果たし、町のネコが三男ニコーラ(M.プラチド)の火遊びに釘をさす。その娘が遊ぶ鶏や鳩の演技までもがみごと。もちろん鳩や鶏が演技をしているわけではないのだけれど、みごとなまでに祖父ドナートの家や近くの街に溶け込んでるのだ。

その祖父を演じるのがフランスの名優シャルル・ヴァネル。1892年生まれだから映画公開の1981年には89歳。ぼくはヴァネルの動きに、なんだか亡き父の姿を見て、そのヴァネルが錯乱のなかに見る妻の姿に、父が介護していた母を思ってしまった。ときどき、ぼくの父も母の不在を飲み込めないで、軽い錯乱を起こしていたんだよね。

物語はヴァネルが依代となる祖父ドナートのグリーフワーク。かけつける三人の息子たちは、それぞれローマから判事のラッファエーレをM.ピッコリが、トリノのフィアットの工員で労働運動家のニコーラをプラチド、そしてナポリの児童矯正施設の教師ロッコをヴィットーリオ・メッツォジョルノ(ぼくの大好きなジョヴァンナのお父さん!)が演じる。

父の母への思いは美しい夢となって、そして、それぞれの息子たちが抱える問題はほとんど悪夢として、寝床で閉じた瞳がみつめることになるのだけれど、じつに見事なリズムで、ぼくたちに過去と未来を往来させてくれるのだ。

過去と未来のはざまに浮かび上がる風景は、まさにイタリアの風景の変遷。そう、それはもはや歴史ではなく、近くて遠い風景として浮かび上がる。いはやは、まさに映画。トルナトーレが影響を受けたのもわかる。なにせ、その自伝的作品『シチリア、シチリア』のラストシーンにこの映画のポスターを登場させる。

でもね、はっきり言わせてもらうけど、トルナトーレはこれを超える映画をまだ撮っていないよね。少なくとも僕にはそう思えるのだ...

とはいえ、だからというのでもないのだろうけど、トルナトーレは『Io lo chiamo cinematografo(わたしはそれを映画と呼ぶ)』(MIlano, Mondadori, 2012)というタイトルで、フランチェスコ・ロージのインタビューにして自伝であり評伝でもある本をものにしている。これがまた分厚いくて、読み応えがありそうな本。

そうそう、ロージは1922年11月5日生まれだから、今年は生誕100周年。あれやこれやを片付けながら、少しずつナポリの名匠の作品を紐解いてゆきたいところなのです。

そうそう、音楽もよかった。ピーノ・ダニエーレの『Je so' pazzo(おいらはキチガイ)』(1979)にはジンっときた。ロッコの夢のシーンなんだけど、あのホウキはなんだかデ・シーカの『ミラノの奇蹟』(1951)のラストシーン風でもあったよね。

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年表的にはおおざっぱにいって、1978年にアルド・モーロの誘拐殺害事件、続いて「赤い旅団」による要人殺害事件が頻発。殺さず膝を撃ち抜くテロは「ガンビッザーレ」と呼ばれる。

また、そのころには身代金目的の誘拐事件も多発(サルヴァトーレスの『ぼくは怖くない』を見てほしい)。シチリアで反マフィア活動をしていたペッピーノ・インパスタートが殺害されたのもこのころ(『ペッピーノの百歩』参照)。

そして映画公開の前年(1980年)にはボローニャ駅爆破事件。この事件の背後に何が動いていたかはミケーレ・プラチドが監督した『野良犬たちの掟(Romanzo criminale)』(2005)を見てほしい。

すごい時代だったんだよね。あの激しい兄弟の言い争いは、そんなイタリアの風景の一部だったのだ。今の人には何を熱くなっているのかわからないかもしれないけれど、そういう季節だった。映画はそんな歴史の証人でもあるし、そんな時代よりももっと古くから続く風景にも触れるものになっている。

だからおもしろい。だからぐっとくる。そんな作品。
YasujiOshiba

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