chiakihayashi

世界の涯ての鼓動のchiakihayashiのネタバレレビュー・内容・結末

世界の涯ての鼓動(2017年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

今日的なラブ・ストーリーをヴィム・ヴェンダースが映画化。

女(アリシア・ヴィキャンデル)は優秀な若き海洋生物数学者。生命の起源を探るため、超深海層からさらに深く、地球が存在して以来一度も光が差したことがない暗闇へと潜水艇(「イエロー・サブマリン?」というセリフがある)で潜るという念願の調査航海を前にしている。深海の暗闇では光合成は不可能だが、火山活動による熱エネルギーがあり、そこから化学合成で有機物が誕生した進化の過程を解明しようとしているのだ(文系の私の理解に間違いがなければ)。その研究によっていずれ人類の危機が回避されるかもしれないとも示唆されるが、おそらくは彼女の科学的な探究心にとってはそれは、Nature誌の表紙を飾るという俗っぽい野心と同程度の重要性しかない。

男(ジェームズ・マガヴォイ)は実はMI-6の諜報員。イスラム過激派によるテロを阻止すべく、危険な南ソマリアに潜入する任務を前にしての短い休暇中だった。

ノルマンディーの海辺、古い瀟洒なホテルで出会ったふたり。初めはつかの間の大人の情事のつもりだったかもしれない。が、彼がケニアでの水道事業と偽って旅立ち、その後、一切の連絡が途絶え、彼女は気が狂いそうな思いを抱きながら、船に乗り込むことになる。

一方、男の方は拘束され、拷問も同然に陽も差さない穴蔵に監禁されていた・・・・・・。

ヒロイン役のアリシア・ヴィキャンデルはどこか少女の面影を残し、ジェームズ・マカヴォイは(すっかりオジサン顔になってしまったとはいえ)青年期の純粋さをどこかで保ち続けているような個性の持ち主。ジハード戦士たちもレダ・カテブ、アレクサンダー・シティグ(『カイロ・タイム 異邦人』(09)でヒロインのパトリシア・クラークソンが惹かれる相手役)ら、優れた俳優陣。ことにシティグは、自らの信念と凄惨な現実に引き裂かれるジハード戦士で医師という役柄だ。

ふたりに別れが迫る朝、男がテロを報じる新聞を彼女に見せて、「我々は目を背けずに、自分たちを再教育しつつ、何ができるのかを考えなくては」と説く場面がある。だが、実際にはジェームズ・ボンドでもイーサン・ホークでもない彼が南ソマリアで投じられる状況はただ惨めで苛酷なものだ。現実のテロリズムとの闘いの最前線がそのようなものだとして、それをストーリー・テリングのメインにもってこなければ、もはや熱いラブ・ストーリーは描けないのか、と、いささかシニカルな思いにかられてしまう。もっと言えば、映画というエンターテインメントとしてラブ・ストーリーを成立させる背景にジハードをもってくること自体が西洋の傲慢というものではないのか・・・・・・?

というわけで、私としては辛口にならざるを得ない。それとも、そうした文明史的対立−−−−これだけでも気の遠くなるほどの大きな問題だが−−−−を、ヒロインの科学的探究のさらに気が遠くなるほどタイムスパンと、記号と数理という抽象性が極まりない世界観が相対化する可能性を秘めていると受け取ればよいのだろうか・・・・・・?

いずれにせよ、彼女と彼がその身に担うミッションの対比、その命がけのミッションと愛の情熱が両極で引き合うのが見どころという、稀有壮大なラブ・ストーリーではある。

@試写
chiakihayashi

chiakihayashi