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海よりもまだ深くのtjZeroのレビュー・感想・評価

海よりもまだ深く(2016年製作の映画)
4.2
アルフレッド・ヒッチコック、小津安二郎、ウェス・アンダーソン…などなど、個性的な監督さんの諸作に接していると、「あ~、またおなじみの世界に帰ってこれた」という安心感や満足感にひたることが出来ます。

本作の是枝裕和監督の場合もそう。
映画が始まり、引いた画で、コントラストが強くて影が濃くてドキュメンタリーのような若干暗めの色調に、鼻唄か口笛のようなアコースティックな音楽が流れだすと、「いつもの是枝ワールドに入っていけるんだ」とワクワクさせられます。
なじみの飲食店の、いつもの席で、今回はどんな料理を出してくれるんだろう…って期待している感覚。

冒頭から、演出の技が冴えまくってますよ~。
阿部寛演じる売れない作家の主人公が、公営団地に独居している母・樹木希林の元を訪ねます。
亡き父の仏壇に供えてあったまんじゅうを、半分かじる主人公。
もうその描写だけで、この長男が親のすねをかじってるのかな~、ってことがほんのりと伝わってくる。
そしてその後、母が出してくれたカルピスを凍らせたアイスを食べるんだけど、これがカチカチでスプーンでたたき割っても、なかなかうまく食べられない。
こっちの描写からは、彼の生活が今、あんまりうまくいってないんじゃないのかな~、っていう雰囲気がジワ~ッと沁み出してきます。

…こんな風に巧い演出が多くてキリがないんだけど、後半からも一例挙げてみましょう。
別れた妻子との面会日に、実家をまた訪れるんだけど、台風のせいで団地に一晩泊まることになる。
その夜の、樹木と元の義理の娘の真木よう子との会話シーン。
樹木「あなたたち、もう戻らないの(=復縁しないの)?」
真木「それはちょっと…」と首を横に振る。
樹木「そう…」とため息をついて、メガネを外して「じゃあ、この話はおしまい」とケースをパチンと閉じる。
その、面倒な話を終わらせたい気持とメガネケースをパチンと閉じるタイミングが一致していてリズムが心地いいし、メガネを外すことで目の前の問題からはとりあえず離れましょう…っていう思いも感じられて深みのある描写になっています。

その他にも、主人公が夕食に食べたカレーうどんでシャツを汚してしまい→母が出してくれた亡父のシャツを朝に着て→遺品のすずりを質屋に持っていくと→店主から初版本への毛筆のサインを頼まれ→今度は慎重にシャツを汚さないように署名する…っていう終盤の流れも実にさらさらと自然で、真綿に水が沁み込むかのように、物語がスッとカラダの中に入っていきます。

こうした、セリフに頼らない、豊かな表現が全編にあふれています。
なので、なにげないセリフの奥からいろんな意味や思いが立体的、重層的に感じられて、味わいが深い。
シンプルな食材から深みのある味覚を引き出す、シェフのような腕の良さ。
そんな快感を求めて、観客は”是枝食堂”に何度も足を運ぶことになってしまうのでしょう。
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