ダイセロス森本

ダンケルクのダイセロス森本のレビュー・感想・評価

ダンケルク(2017年製作の映画)
4.7
ワーナー試写室にて。ただの戦争映画ではない。主人公は戦場にいる全員で、戦場にいない国の人々もまた主人公であった。誰が助かるとか、誰が死ぬとか以前に、これが「生き抜いてやる」という本能、欲なのだろうと思った。全員が救助船へ走り、空爆を乗り切ろうとし、人が多いところは安全だと思い込み、走る。泳ぐ。ただ彼らは、故国に帰りたいだけなのだ。

さて、本作は3つの視点で描かれている。
「陸軍」…これから乗船し、故国へ帰ろうとしている浜辺の兵士たち。チラシにいる若い兵士たちはここに当たる。
「空軍」…故国へ帰ろうとしている船、人々を上空から爆撃する敵軍を墜落させる兵士。キリアン・マーフィはここに当たる。(よね?)
「民間人」…駆逐艦は攻撃されるので、この撤退では民間船が使われた。或る一隻の民間船の船長と、ふたりの少年。キリアン・マーフィ(謎の英国兵)を救ったのもここに当たる。(キリアンほんと色々いる)


この3つの視点というのは、それぞれを短編のように切り貼りしているので、同じシーンを3度見ることになる。
・船から脱出する光景を上空から見ているシーン。…(空軍)
・船から脱出する兵士たちのシーン。…(陸軍・撤退兵)
・船から脱出した兵士を救おうとするシーン。…(民間船)

非常に巻き戻しが多いのだが、これが自然な流れだったので退屈しない。どの角度からも細かく作り上げられている。

最初から始まる時計の秒を刻む音が、嫌でも耳に、頭に、心に残る。
ほんの数分、数秒が命取り。陸から離れられたからといって油断していれば、そこには死が待っている。
彼らは、帰還できたとして、どのような余生を過ごしたのだろう。
40万の兵士が撤退しようとして、最初に用意された船(撤退できると予想された数)は3~4万。
海に自ら入っていく兵士を見るのはつらかったが、私もそうするだろうなと思いながら見ていた。

今回歌手のハリー・スタイルズが演技に初挑戦らしく、試写会にはハリー目的の若い女の子がたくさん。(携帯で画像見て居たり叫んだりしていたので)この映画をみて、彼らはどう思ったのだろう。やっぱり、「ハリーかっこい~」で終わりなのだろうか。
私は監督目的だったので俳優はほとんど知らないまま鑑賞した。ハリー・スタイルズもそれなりに馴染んでいたし、若い兵士演じるということで、彼は自分をそのままセリフに乗せていたような気もする。

今回最後まで名前が出てこない謎の英国兵、キリアン・マーフィ。知っている俳優が少ないのでキリアンをよく観察することにしたのだが、結局謎のまま…。ただ、ものすごく負っている傷が深いことはよくわかる。この演技はやはり経験あってこそのもの。細かい動き、声、目の表情まで完璧に操るキリアンに拍手。
暴力的になってしまったあの一瞬、そしてあの結果。赤いセーターの少年はなぜキリアンに嘘をついたのか…。この民間船で起きる人の成長は見どころのひとつである。

「戦争を始めたのは私たちの世代だ。それなのに戦場には若い兵士が行っている」息子を国に奪われた民間船の船長が、なぜダンケルクへ向かい、兵士を助けようとしたのか。残される方の心情まで繊細に描けているのに106分。監督は何者だ…。

帰還した兵士たち(ネタバレというより歴史を知っていればわかるよね結末)に毛布を配る老人。全て終わり、気も緩んだところであの老人はさすがにダメだ。涙だ。

これは映画館で体感し、ずっと張りつめている緊張感と臨場感を体験してもらいたい。素晴らしい。