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ダンケルクのsryuichiのレビュー・感想・評価

ダンケルク(2017年製作の映画)
5.0
”列車を待っている 遠くへ向かう列車を 望む場所へ行けるが どこかは分からない” 『インセプション』

監督、脚本/クリストファー・ノーラン『ダークナイト』『インセプション』

第二次大戦下、フランスのダンケルクに包囲された40万の連合軍のうち33万人を撤退させた通称ダイナモ作戦をサスペンスフルに描く救出劇。

【1895年、再び】
『列車の到着』は映画史上初めて上映された作品と言われている。駅に汽車がやって来るだけの1分弱の映像だが、当時観客はビックリして後ろに走り出したという記録も。映画とは本来体験なのだ。

ノーランの『ダンケルク』にはそれぐらいの迫力がある。目の肥えた現代に『列車の到着』再来とは、恐るべし。

【恐怖のカメオ】
エンド・クレジットをよく見ているとマイケル・ケインの名前が。
トム・ハーディ演じるパイロットを無線で援護する声のみの出演らしい。『ダークナイト・ライジング』の悪漢ベインをアルフレッドが陰で支えるというディザスターな構図に…キャスティングの為せる恐怖のコラボだ。

【ダンケルク×『ベイビー・ドライバー』】
劇中、絶え間なく聴覚を刺激するストレスフルな音が鳴り続ける。作曲担当のハンス・ジマー曰くダンケルクの音楽は効果音とシンクロするように音響部門と協力して作り上げたらしい。例えば民間船ムーンストーン号のモーター音とBGMのテンポが同じだったりする。

そういえば米国監督組合のポッドキャスト「the Director’s Cut」でノーランがエドガー・ライトと『ベイビー・ドライバー』を熱く語り合う回があって、ミュージカル・カーチェイスを絶賛していた。という部分でシンクロした二人の天才にテッキーラを捧ぐ。

【エニグマ変奏曲 第9変奏「ニムロッド」の引用】
”この曲は今に至るまでずっと英国文化の一部なんだ” ハンス・ジマー

要所で流れる温かくも荘厳な「エニグマ変奏曲」も特徴的だ。1899年英国の作曲家エドワード・エルガーによって書かれた14の変奏曲から成る楽曲で、それぞれが14人の友人に捧げられている。

本作で使用されているのはその第9番「ニムロッド」。アウグスト・イェーガーという楽譜出版社の友人に宛てられた曲だ。

なぜノーランはこの曲を選んだのか?

NYタイムズのインタビューでこう答えている。
”数年前、父の葬儀でこの曲が演奏された。それは耐え難いほど胸が熱くなるものだった”

父の象徴なのだ。でも多分それだけではない。

英国では毎年11月11日が戦没者追悼記念日になっている。そこで必ず演奏されるのが「ニムロッド」なのだ。

ダンケルクの奇跡の裏には犠牲がある。浜辺の40万のうち助からなかった7万人…海に沈んだ200隻以上の船の乗組員や戦闘機パイロット…

監督は希望を描きたかったのだろう。劇中で特に死が強調されることはない。でも決して彼らを忘れてはいない。ノーランはこの曲をダンケルクに散った全ての命に、祖国を築き守り抜いた英国の「父」たちに捧げたのだ。

そしてもう一つ。イェーガーはドイツ生まれである。この曲は彼とエルガーの友情の証だ。

我々は過ちを犯し、憎み合い、戦ってしまった。でも友情を取り戻したじゃないか。エルガーとイェーガーが持っていたような友情を。今、バラバラになりつつある世界で、困難を共に乗り越えていこう。そんな監督の願いさえ聞こえてきそうだ。

【普遍の魂”ダンケルク・スピリット”】
語り継がれるのは悲劇ではなく、希望―。 『パトリオット・デイ』キャッチコピー

困難な逆境に全員で立ち向かう精神を英国では「ダンケルク魂」と呼ぶらしい。本作を観て思い出した近作が二本ある。

155人全員が助かったUSエア1549便不時着水事件を描いたイーストウッド監督作『ハドソン川の奇跡』、そしてボストンマラソンテロを扱ったピーター・バーグ監督の『パトリオット・デイ』。イーストウッドは「ハドソン川の奇跡」を”暗い時代の光”と呼び、ボストン市民は協力と献身で勝利したテロ事件にスローガン”ボストン・ストロング”を掲げて結束を物語る。

共通するのは団結と希望。是非合わせて観たい作品だ。

【戦争描写とPTSD】
この映画、敵が不自然なほどに映らない。連合軍がナチを罵倒したりナチの残虐さを見せるシーンもない。憎しみを煽る描写を注意深く避けつつ、キャラクターに寄り添い、明らかに人間を肯定的に捉えようとしているのが分かる。

それだけではない。人の弱さまで抱擁しているように思える。キリアン・マーフィ演じる兵士が招くある悲劇…それを受けての周りの反応…このサブストーリーにPTSD患者やその家族である当事者たちはどれ程救われるだろう。

色温度低めの画面から、これ以上ない人間臭さと温かみが伝わってきて目頭が熱くなった。


こだわりの画と音によって完成された100分の戦場を人間賛歌で駆け抜けるノーラン節炸裂の映画『ダンケルク』でした!!
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