ブラックユーモアホフマン

ダンケルクのブラックユーモアホフマンのレビュー・感想・評価

ダンケルク(2017年製作の映画)
4.1
普通の映画のクライマックス30分みたいなテンションが初っ端からノンストップで最後まで続いて駆け抜ける。絶体絶命の戦火の中に観客は落とされ、そこから息もつかせない展開の応酬が続き106分あっという間。あまりに緩急がなさすぎると言えばそれもそうだと思う。情緒なんてほぼ存在しない。が、戦争の真っ只中を描いた作品なのだから情緒もクソもねえのは当然っちゃ当然。
ハンス・ジマーの音楽も106分、ほぼ鳴り止むことなく流れ続ける。だって情緒もクソもないんだから。あえて音楽を消して静寂を楽しむシーンとか、ないんだから。ずっとクライマックスなんだからずっと音楽も流れ続ける。そりゃそうだ。今回は時限爆弾か懐中時計の針の音のような、チクタクという音が音楽の中でずっと鳴り続けている。非常にハンス・ジマーらしい作曲。いつもハンス・ジマーは何かキーとなる"音"を何度も何度も反復する。『ダークナイト』で言えば、ジョーカーを表す弦楽器の不協和音だったり。
ホイテ・ヴァン・ホイテマの撮影が素晴らしかった。もちろんIMAXで観たのだけど(この映画をIMAX以外で観る選択肢など存在しない)、フィルムの粒子やフィルムならではの発色も美しく、時折平衡感覚をなくすような凄まじいカメラワークも圧巻。恐らく当事者たちもあんな状況じゃどちらが上でどちらが下かも分からなくなる、その感覚を共有しようという狙いだろう。『インターステラー』は特殊効果によるSF表現が凄くて(もちろんCGは使ってないんだけど)、いまいちカメラマンの仕事が分かりづらかったんだけど、今回は完全に現実が舞台の映画だから分かりやすかった。
ノーランらしく今回も時間軸がトリッキー。陸での1週間の戦い、海での1日の戦い、空での1時間の戦い、がそれぞれ106分かけて同時進行で語られ、クライマックスにその3つの時間軸が交差し、そしてまたバラバラになって終わる、という構成。つまりそれぞれのパートで流れてる時間の速さが違う。なんかまさに『インターステラー』みたい。時間軸が交差する1点に向けて時間の流れ方が違う3つの話が同時に進んでいく、こんな構成の映画、今までに無かったのではないだろうか。そんなことをやってしまったというだけでもこの映画は革新的なんじゃないだろうか。
キャスティングが、すごいノーランっぽいなあというか、英国俳優ファンを軒並み夢中にさせそうなキャスティングだな、と思った。陸の主演、フィオン・ホワイトヘッドはちょっとカッコ良すぎるんじゃないかと思った。悲惨な戦場を描いた戦争映画にしては画がカッコよくなり過ぎる。これは全体的に、他のキャストにも言えることだけど、特にフィオン・ホワイトヘッドは無名の新人だし、だからこそこんなイケメンである必要あるか?と思ってしまった。までもこれがノーラン的な世界観。ノーランって美少年好きそう。
僕は狂信的なノーランファンとかじゃないけど、そりゃ新作が公開されたら観に行かなきゃいけない監督。これだけ日本でも世界でもネームバリューあって、客が入って大ヒットして、ものすごいバジェットで映画作らせてもらえて、それでやっぱり作る映画はそれなりにちゃんと面白いって、こんな監督、なかなか今他には思いつかない。唯一無二だと思う。今回は上映時間も短めだし、ストーリーもこれまでの作品に比べればドラマティックさは薄いしシンプルで、いつものノーランっぽさとはまた違ったから、もしかしたら肩透かし、みたいなファンもいたかもしれないけど、やっぱ物凄い映画だったと思います。とにかく金かかってんだろうな、っていうのが観ててすごい伝わってきた。
今後もぜひノーランには戦争映画を作って欲しい。SFもまた待ってるけど。

--------17.9.23追記--------
そうだ、敵の姿が全く登場しない、っていう話。これはなかなか他の戦争映画では見たことがない。どこから狙われてるんだかも分からない、姿も見えない敵からの攻撃に怯え続ける。普通の戦争映画であれば、どちらか片方の視点に寄り添うとは言え、ある程度両者にドラマがあるというか、人間味はある。が、本作は敵に全く人間味が無い。これが戦争のリアルだということだろうか。本当に徹底して登場しないので、明らかに意図した演出であることは間違いないし、ノーランが大した意味もなくそんなことをするとも思えない。陸海空の多角的な視点はあっても、敵味方の多角的な視点は要らない、というこの判断は何故なんだろう。殺す側にも殺される側にも人間味が全く欠如しているのが戦場というものだろうから、それを表現したかったということだろうか。多くの戦争映画は、実際には人間味が欠如した場所である戦場に一抹の人間味を信じたいというところにロマンチックさを求める。本作は敵味方関係にいたっては徹底して人間味を描かないのでロマンチックではないのかと思うと、正反対にどんな戦争映画よりもロマンチックであり、ちゃんと人間味を感じるのが不思議。ダンケルクという舞台設定が秀逸なんだろうか。