りっく

ダゲレオタイプの女のりっくのレビュー・感想・評価

ダゲレオタイプの女(2016年製作の映画)
3.5
その人の最も美しい姿を永遠に封じ込めることができる写真。その写真は人間を冷凍保存させる機械のようなものだ。そこに映った最愛の人を時空を超えて蘇らせるだけで、それは美しくもなり、恐ろしくもなる。黒沢清がフランスで撮った本作は往年のゴシックホラーやミステリーの匂いを充満させながらも、やはり黒沢清しか撮れない映画になりえている。

死んだと思っていた最愛の人が目の前に現れ、その存在に囚われていく男たち。一方でかけがえのない存在という枠組みに彼女たちを固定しようとするエゴや未練は、心身の痛みを与えながらもそれでも器具で固定し写真を撮ろうとするダゲレオタイプに通ずる。

過去作で最も近いのは「岸辺の旅」か。最愛の人から逃れられず、それを現実だと信じ込もうとする。黒沢清作品は現世ともう1つの世界に明確な区切りをつけるものと、曖昧なものに分けることができるが、本作は後者であろう。その囚われようはヒッチコックの「めまい」や、大林宣彦の「時をかける少女」を連想させる。

一貫して主観で描けばそれはロマンチックな愛の物語になるかもしれない。だが、黒沢清はそんな彼を第三者の目で最後は見つめる。人を殺してしまったことで、ようやく踏ん切りがつき彼女と2人で逃避行を企てるが、教会での2人だけの結婚式も、逃避行も、あまりにも虚しい。そんなぽっかりと穴の空いた虚無感が押し寄せるラストは幸福と不幸が一気に押し寄せる余韻が見事。

だが、作り手の意図はよく伝わるが、黒沢清のサービス精神やエンターテイメント性を封じ、あくまでもアーティスティックに徹した作品だけに、観る者の忍耐も試される、評価の分かれる一作である。
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