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THE PROMISE 君への誓いのodyssのレビュー・感想・評価

THE PROMISE 君への誓い(2016年製作の映画)
3.0
【疑問が残る】

第一次大戦中にトルコ(当時はオスマン帝国)で起こったアルメニア人虐殺を描いた映画です。
ナチによるユダヤ人虐殺は数え切れないほど映画化されていますが、アルメニア人虐殺はそうではないので、期待して映画館に足を運びました。
見終えての感想は「悪い映画じゃないけど、でも・・・」でした。

まず、この映画は人間描写ということでは非常に分かりやすく作られています。男女の関係がいかにも通俗的でありがちなパターンになっていますし、虐殺では悪役と犠牲者も色分けがはっきりしている。虐殺を報じるアメリカン人ジャーナリストはあくまで正義漢だし、在トルコ・アメリカ大使も虐殺に毅然たる態度をとっている。そこでは、何が善で何が悪かは、あらかじめ決まっているのです。

とはいえ、人間描写の分かりやすさは、虐殺という複雑な大事件を描くためにはむしろ必要だったのかも知れません。

問題は虐殺の扱い方です。トルコ人がアルメニア人を迫害する様子はしっかり描かれていますが、その背景が分からない。なぜそういう残虐な行動にトルコ人が走ったのか、この映画を見ても全然理解できないのです。

そもそも、この映画の最初では、主人公青年の住む地方ではアルメニア人とトルコ人などは(民族と宗教の違いを越えて)共存していたと述べられています。青年はやがて医師資格をとるためにイスタンブールに出ますが、そこでもアルメニア人はそれなりに暮らしている。
第一次大戦が起こると、オスマン・トルコはドイツ・オーストリーと同じ同盟国側になって参戦します。そのとき、青年は医学生で、トルコ人医学生なら兵役免除なのに兵隊にとられそうになる。結局はトルコ人の友人が賄賂を使ってくれて兵役を逃れますが、ここは明らかな民族差別が描かれているとは言える。でも、民族差別と虐殺は違います。ユダヤ人ならナチによる虐殺が生じる以前からヨーロッパで差別されていた。でも、ナチはユダヤ人を皆殺しにしようとした点で、それ以前のユダヤ人差別とは全然違った行為に走ったとされるわけです。

作中、アルメニア人を嫌うトルコ人の言説は多少出ては来ます。でもそれがどういう経路で「アルメニア人は皆殺し」ということになるのかについては説明がない。

映画を見てからウィキでこの事件について調べてみましたが、アルメニア人虐殺は19世紀末からの民族運動の高揚のなかで起こったということのようです。それまではトルコ内部でふつうに暮らしていたアルメニア人の独立運動が起こり、中には過激な行動をとるグループもあった。それが逆にトルコ人側にもアルメニア人を排除する動きを促進させたらしい。またこうした摩擦や衝突は、第一次大戦時に突然起こったわけでもなく、それ以前からあったようです。

トルコ側は今にいたるまで虐殺の計画性や組織性を否定しています。また、この映画では虐殺の犠牲者数を150万人としていますが、これは最も多めに見積もった場合の数字であることも知っておくべきでしょう。

いずれにせよ、事実認定においてすらまだ問題が多いこの事件を、テリー・ジョージ監督はきわめて通俗的かつシンプルに映画化し、背景については黙したまま、という態度をとった。ナチのユダヤ人虐殺は知らない者もない有名な事件ですが、アルメニア人虐殺はそうではないということで、とりあえず「こういう事件があったんだ」と広報を行うくらいのつもりで映画を作ったのかもしれません。それはそれで一つの方法でしょうが、私としては「これですべて分かった」と思うのは危険だと警告を発したい気持ちが残りました。
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