垂直落下式サミング

まあだだよの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

まあだだよ(1993年製作の映画)
3.0
若々しい所さんが出演している黒澤明の遺作。
太平洋戦争は日本近現代史におけるかなり重要な転換期だったはずなのだが、敗戦を連想させる光景は瓦礫のやま以外を見せることなくサラッと省略される。
やたらと説明的な舞台劇調の台詞でも悪くないのだが、登場人物の全員が一言一言を一呼吸おいて話すため、嫌に間隔が空いて間抜けだ。とるに足らないエピソードで間延びされても困る。その時間表現が味わい深いかと言われればそうでもない。このアンバランスさは意図したものなのだろうかと演出を深読みしてしまうのは、僕のなかの黒澤明に対する巨匠幻想がそうさせるのだろう。時代とともに風化していくちょいつまんなめのドラマ映画だと感じた。
しかし、終盤での先生がビールを飲みほすシーンだけで、緊張を生み出す演出力はさすが。高齢の先生が大見得をきるようにし、皆がそれに注目するのだ。大袈裟なアクションの緩急こそが黒澤の真骨頂だということがわかる。
映画のハイライトは、中盤のうたげのたけなわで生徒と先生による「まあ〜だかい?」「まあだだよ!」のかけあいとなる場面であるが、教え子たちは本当にすでに死んだか行方も知れぬものたちであり、目の前の彼等は孤独な老人がみた幻影だったのかもしれない。それが頭に浮かんだ瞬間ゾッとした。物語は極めて狭い世界を描いているため、彼らがみな百鬼夜行の類いの、この世にあらざる者たちが顕現した姿であったとしても辻褄は合うのだ。即ち本作はこの世の物語ではない、異界との交信を描いた物語なのではないか。しかし、こんな深読みは黒澤最後の作品という情報が脳にインプットされていなければ、そもそも頭に浮かんでこなかった気がする。巨匠の「遺作」は存在がずるい。