柏エシディシ

DARK STAR/H・R・ギーガーの世界の柏エシディシのレビュー・感想・評価

3.0
冒頭、なんの変哲もない民家のショットからゆっくりとはじまり、再生した映画間違えたかな?と思ったもんですが、小さな玄関の扉が開いた瞬間、見紛う事なき「あの」タッチの絵がドーンっと現れて、感嘆の声が思わず出てしまった。

無数の書籍が乱雑とした生活感にあふれた空間に、この世のものとは思えないオブジェやドローニングが紛れているギーガーの自宅(そして、そこには一匹の猫ちゃんw)そのものがまさにこの後劇中に語られるギーガーの人となりを表している様。

禍々しく卑猥とも言えるアートスタイルから連想されがちな奇天烈な人間に思いがちだけれど、思った以上に地に足のついた人並みのユーモアも湛えた静かな老紳士。
嫌味なハイアーティストって感じでもなく、整理整頓された地下室の書蔵を「ブルジョワで悪趣味」と冗談交じりに皮肉る様も微笑ましい。

まるで大家族の様に一緒に働くスタッフ達も、見た目はややエキセントリックながら、皆さん穏やかでジェントル。

思えば、一見野蛮で暴力的なデザインながら実は静謐で整然、見ているうちに不思議に心が落ち着いてくるギーガーのアートと本質的には地続きなんだよなぁ。
創作物と創造者の人となりは分けて考えるべきだと個人的には思うけれど、作り手のことを知る事によって作品の魅力が自分の中で増すという事も、やはりあるのですね。

ギーガーの美術館のオープンに世界中から集まってきたファン達の反応も興味深い。嬉しそうに背中ビッシリに入れたタトゥーを見せるゴツいニイちゃんや、サインをもらい感激して涙する強面の男。あとあとタトゥーにするために地肌にサインを求める女性まで。
みんな一様に実生活では上手く生き辛そうな方ばかり。ギーガーのアートはそんな人たちにも心の平穏を与えているのだと実感した。

ギーガーの大ファンからすれば、真新しい発見は少ない物足りない作品かもしれないけれど、晩年のギーガーの声を捉えた貴重な作品である事は間違いない。
この世のものとは思えない異世界とチャネリングしてきた様な作品を作り続けた男が「あの世は信じない。生まれ変わりなんてウンザリだ」と言い放つのも、また興味深くて面白い。
柏エシディシ

柏エシディシ