Kuuta

美しい星のKuutaのレビュー・感想・評価

美しい星(2017年製作の映画)
3.6
若干理屈っぽく、映画として弛緩した場面もあるものの、基本的にとても刺激的なSFだった。

実態が掴めずに終わってしまうタイプのお話だが、解釈しかけては白紙に戻すを繰り返している私自身が「信仰」に振り回される今作のキャラクターそのものじゃないか!と思った。

誰もが現世に生きづらさを抱え、ここではない何処かに憧れている。父親(リリー・フランキー)は地球環境を憂い、母親(中嶋朋子)は水ビジネスにハマり、プロ野球入り出来なかった息子(亀梨和也)は後輩を見返すため政治の世界に飛び込み、視覚的な美醜のヒエラルキーにうんざりした娘(橋本愛)は音楽の世界に逃げる。それぞれが「信仰」と共に、生きる活力を手にする。

父親以外の3人は信仰と断絶してしまうが、父親だけは未知との遭遇よろしく空へ旅立つ(冒頭のシャンデリアとの対比)。しかしラストの彼は下界しか見ていない。結局「ここではない何処か」への思いは何があっても満たされる事はない。「何か忘れ物ですか?」というアナウンスが、虚しく響く。

例えば家族みんなが吐いてしまうシーンがあるが、その原因は断定されない。人間の体に合わない美しい水=地球に人間は要らないという、水星人の陰謀を読み取る事が出来る一方で、父は病気、娘は妊娠、母は誰も食べてくれない作り置きのシチューが腐っていた、と合理的な説明を付ける事も出来る。
自称金星人はただの昏睡レイプ犯だったのかもしれないし、佐々木蔵之介も、イケメンで人当たりは良いが中身の無い息子を捨て駒として利用しただけなのかもしれない。どこにも中心がない作劇は「桐島、部活やめるってよ」を受け継いでいる。

原作での核戦争の恐怖は、地球温暖化に置き換えられている。異常気象を日常の脅威とした吉田大八の判断は、2020年の今となってはより正しい選択だったように思える。

環境問題を巡り、世代間格差によって若者が不利益を受けているという主張は最近グレタさんで話題になったけれど、敵と味方の分断を強めてしまう恐れもある、危うい論法だ。「グレタは敵」と、非グレタ世代が彼女を叩く構図を誘発しかねない。

息子と父親の論争(この場面自体はセリフばかりでやや退屈だが)は、父親の吐血という形で強制終了する。今作において世代間の分断、信仰の対立は「家族として話そう」のセリフ通り、ポジショントークを離れた家族の連帯を介して修復されていく。

この展開に私は、批評家の東浩紀が家族について語っていた内容を強く連想した(というか今作絡みで監督を招いて当時イベントもやったようだ)。ちょっと脱線するが、以下は私なりの要旨。

「人が出会って生殖して子供を産む過程は無限の偶然で構成されており、コントロールは出来ないのだけれど、どんな人にも親がいるという事実だけは(今の生命倫理的には一応)変えられない。どんなに円満な家庭でも生まれたての赤ん坊は「よく分からない不気味な存在」であり、親は事後的に子供との関係を読み解き、家族の中に愛や正義があったとみなしていく。それは錯覚に過ぎないかもしれないが、人間は錯覚を重ねずには生きられない存在だ。そして、そうした曖昧な関係性において初めて、敵と味方の区別や損得の計算を超えた、人と人を結び付ける公共性が生まれ得る」

錯覚に頼らずには生きられないという人間の行動原理と、その原点としての家族という機能の再解釈。今作終盤の展開と被るなぁと。

仕事を休む、本を貰う、水を一本貰う。日常を非日常に変えていく些細なノイズ。3.11を意識させるカレンダーやエレベーターの演出。中盤のトリップシーンは異様なテンションの編集で音楽も素晴らしいが、日常がひっくり返る震災のメタファーにも感じた。福島が人間のいない「美しい星」になっているのが、かなりの皮肉に見える。72点。